新しい家族が生まれた日に
その日の夕方。
来栖川エレクトロニクスHM開発課には2人の来客があった。
1人は眠たいわけでもないのに眠たそうな顔をしている、二十歳くらいの青年。
もう1人は緑色の髪をした、子供のようなメイドロボ。
「あ、ああの、その、主任さん、お、お久しぶりですっ」
「ども」
出迎えたのは十数人の研究員と、飄々とした面構えの、主任と呼ばれた中年研究員。
「いや、よく来たね。来てくれて嬉しいよ。立ち話もなんだし、適当に座って座って。コーヒーでいいかな?」
青年があいているイスに適当に腰掛けると、隣のメイドロボがチラッ、チラッと青年のことを見る。
「ああ、行ってこいよ。お前にはほんの昨日のことでも、向こうにしてみれば数年ぶりなんだ。積もる話だって沢山あるだろ」
「は、はいっ。ありがとうございます」
勢いよくお辞儀をすると、彼女はこらえきれないようにかけていく。
その先には2人が入ってきてからずっと、こちらを遠巻きにし続けていた研究員たち。
彼女がその人の輪の中に入ったとたん歓声があがって、髪も服もクシャクシャにされてしまう。けれどその中にいる彼女はとても嬉しそうだ。
「あいつ、やっぱり愛されてたんだな」
「当然さ、あの子は大切な、我々の娘だからね」
ぽつりとつぶやいた青年の独り言に、彼の目の前に座る中年の研究員が答える。
まさか聞かれているとは思っていなかったのだろう。青年は照れくさそうに頬をかくと、研究員へ向き直った。
「ありがとうございました。あいつとまた、会わせてくれて」
深々と研究員に頭を下げる青年。
「電源を入れたとき、何も返してくれないあいつを見て、もう二度とあいつと会えないって、もうあいつの笑顔を見れないんだと思って、けど」
2人の視線の先には、依然として研究員たちに囲まれている少女がいる。
女性の研究員の中には泣き出す人までいて、もらい泣きでもしたのか彼女までベソをかいて、大粒の涙をぽろぽろ流していた。
「お礼を言うのはこっちだよ。安心して娘を任せられる嫁ぎ先が見つかったんだからね」
差し出されたハンカチではなをかむメイドロボ。
周囲から嫌味でない笑い声が上がって、それにつられて彼女も笑顔をみせるがまた、こらえきれないように顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまう。
2人がコーヒーの紙コップを片手に、そんな彼女の様子を眺めていた時だった。
「主任、来客中申し訳ありません。外線3番にお電話です」
「私に?」
「はい。姫百合さんからです。恐らくイルファの件についてではないかと」
口だけで笑みを浮かべながら、中年の研究員は電話を取ろうとする。
「あー、お邪魔ならそろそろ帰るけど」
「いや、そう長いことはかからないよ。私にも少しは娘と話させてくれ。それにこれ
は・・・・・・うん、そうだね。君たちがいれば、きっと興味深い話を聞かせてもらえるだろうからね」
青年がどういう意味なのかを聞こうとしたときには、中年の研究員は既に受話器をとっていた。
「もしもし、珊瑚君? ああ、イルファがどうか・・・・・・そうかい、4人で一緒に。いやいや、それは君たちが頑張ったからだよ。われわれがやったことはそのための準備を手伝っただけさ」
「貴明君と言うのかい、彼の名前は。そうかい、彼のおかげでね」
「瑠璃君がイルファの代わりに涙を? そうか、イルファがそんなことをね」
研究員は、視線を少女へと向ける。
「ああ、すまないね。うん、お嫁に行った娘がきてくれているのさ」
「ああ、そうだよ。もちろんだとも。珊瑚君や瑠璃君も、イルファと良い家族になれるさ」
「ミルファとシルファを? それはいいね。うん、2人にとってはいい経験になるだろう」
「ほう、その貴明君が。胸を大きくしろと暴れられた時はどうしたことかと思ったけれど、それが理由かい」
「ああ、任せてもらっていいよ。珊瑚君の家族になるのだからね。調整は万全に行っておくさ」
「ああ、それじゃあ」
受話器を置くと、満足げに顎を撫で回す。
「いや、すまなかったね。いま進行中のプロジェクトのことで連絡があってね。いやー、これで今日も徹夜で調整になりそうだよ」
「そんなに忙しいんだったら、あいつにはまた今度にでも会いに来させるけど」
研究員はいやいやと手をふって、立ち上がろうとする青年を留まらせる。
口元には、先ほどからかわらない笑みを浮かべて。
青年に向き直る。
「ところで・・・・・・君はメイドロボに心があったほうがいいと思うかい?」
研究員の言う言葉に怪訝そうな表情をする青年。
けれどすぐに迷い無く答える。
「何度聞かれても、答えを代えるつもりはないぜ。それに、心がなければあんな嬉しそうなあいつを見ることなんて出来なかっただろうしな」
青年がメイドロボのことを見つめると、彼女もそれに気が付いたようだ。
慌てて近寄ろうとする彼女を、身振りでなんでもないと青年が伝えると、またもとの話の輪の中に戻っていった。
「だって、そっちの方が楽しいだろ」
研究員は青年に対して一つだけ頷く。
「それじゃあ、心はあるのに、涙を流せないメイドロボがいたとしたら。どうだい?」
「涙を?」
「ああ、そうさ。そのメイドロボは、いくら悲しくても涙を流すことができないのさ」
腕を組んで考え込む青年。
「そりゃ、苦しいだろうな」
一瞬だけ少女を見てから、答えを出した。
「ほう、それはどうして」
「だってそうだろ。いくら悲しくても涙を流せないんじゃ、いつか心が壊れてしまうぜ」
「そうかい?」
続けて聞いてくる研究員に、青年は腕を組んで考え込んでしまう。
何か思うところがあったのだろう。
どうやって言ったら良いか、思い悩んでいる顔だ。
「ああ、でも・・・・・・そのメイドロボの代わりに、涙を流してくれる奴がいるんなら。心が苦しくなるようなこともなくなるだろうな。俺も、あいつが泣いたり笑ったりしてくれるおかげで、ずいぶんと助かってる」
流石に少し気取りすぎたと思ったのか、照れて頭を下げる青年。
「・・・・・・いや、ありがとう。とても参考になったよ」
「いるのか? 涙を流せない奴が」
「ああ。けれどね、もう大丈夫さ。あの子たちならきっと良い、お互いを思いやれる家族になれるさ。ちょうどあの娘と、君のようにね」
研究員は満足そうにコーヒーをすする。
「主任、申し訳ありません、そろそろお時間が」
と、恐縮した面持ちで若い研究員が耳打ちをしてきた。
時計を見て二言三言やりあうと、研究員は青年の方を向きなおした。
「いや、すまないね。長々と時間をとらせてしまって」
手に持っていた紙コップを机に置くと、中年研究員は立ち上がった。
「俺は別に良いけど、オッサンこそあいつと話をしなくて良いのか?」
彼は動きを止めると、ほんの少しだけ、顔に残念そうなものを浮かべる。
「しかたがない、また次の機会にするさ。近いうちにまた、来てくれるとうれしいね」
そして研究員と、メイドロボたちが作る輪の中へと入っていく。
中年研究員が声をかけると、彼女はとたんに慌てて、ぺこぺこと頭を下げ始める。どうも彼と全然話をできなかったことを謝っているようだ。
いくつか声を掛け合うと、その研究員たちの輪も、後ろ髪を引かれながら離れていった。
「それじゃあ、ありがとうございました。お邪魔しました」
「また、また来ます。今日はもう一度、皆さんにお会いできてわたし、わたし本当に嬉しくて本当に、ありがとう、ございましうっ、うっ、うっ・・・・・・
こらえきれず、メイドロボの少女はまた泣き始めてしまった。
最後まで賑やかだった二人の来客を送り出し、研究所はまた、いつものような喧騒が戻ってくる。
「さて、それじゃあ急いで、ミルファとシルファの調整をやってしまおうか。新しくできる、お互いを思いやれる家族のためにもね」
終