私ができること
お預かりしていた鍵を取り出して扉を開けます。
家人が留守の家の中に入ると、別にゴミが散乱しているわけではないけれど、なんとなく散らかった雰囲気のリビング。
「もう、先週お掃除したばかりなのに。男性の方というのは、皆さんこうなのでしょうか」
溜息を一つ付くと、さっそくベランダの窓を開けてお掃除を開始する。
ロボットの私でも感じられるような清々しい風が、少し埃っぽいリビングの空気を洗っていってくれました。
収納をあけて掃除機と、雑巾を取り出して。洗面所のお掃除はこの間やりましたから、今日は二階を重点的にやることにしましょう。
いくつか転がっているインスタント食品の容器をゴミ袋に一緒に入れて。
「あら? ゴミ袋、これで最後ですね。後で買い足しておかないと」
お買い物リストにゴミ袋追加っと。
冷蔵庫に掛かっているホワイトボードに、『ゴミ袋』の文字。
リビング、廊下を中心に掃除機掛けをした後は水周りのお掃除。
朝食の物でしょうか。シンクに溜まっているお皿やお茶碗を片付けて、一階のお掃除は完了。
そのまま掃除機を持って二階へ。
貴明さんのご両親の寝室へ入ることはできませんので、それ以外のお部屋と、あと、貴明さんのお部屋をお掃除しなくては。
勝手の知る足取りで貴明さんのお部屋の扉をくぐると、そこにはベッドの上に脱ぎ捨ててあるお洋服が。
「洗濯物はかごの中に入れてくださいって、いつも言っているのに」
ブツブツと文句を言いながら洗濯物を拾っていくと、上着の下に隠れていたのは貴明の下着が。
パンツが。
呆然と、両手で貴明のパンツを広げて。見つめること数分。
「ひゃっ、わ、私ったら何を。そ、そんな、違いますからね。私は貴明さんのお洋服を洗おうとしているだけで、べ、別にそんな変なことなんて想像していませんから!」
誰も聞いていない言い訳をすると、まるで誤魔化すように、慌てて洗いもの全てを一階の洗面所まで持って行って、洗濯機のボタンをスイッチオン。
洗濯機の動く落ち着いた音を聞いていると、ようやくモーターの回転も収まってきてくれました。
気を取り直して、お二階のお掃除の続きをやってしまいませんと。
今度は恐る恐る、貴明さんのお部屋に入って。できるだけさっきのことがCPUに浮かんでこないように、雑念を振り払って、先ずはお布団干しから。
いいお天気ですし、お昼まで干しておけばきっと、ふかふかのお布団が出来上がることでしょう。
続いて掃除機掛けを・・・・・・あら?
ベッドの下、手を入れてみると、女性の方のあられもない姿の載った写真集が奥のほうから。
表紙がメイドの格好をなさった女性と言うことは、これを購入なさったのは貴明さんではなく。
ご友人の雄二さんがお持ちになった物のようですね。
それに・・・・・・
パラパラとページをめくって。
「大したことありませんね。これなら私のほうが・・・・・・」
なぜか上機嫌に、他の古雑誌と一緒に紐で括ってしまう。
洗濯物の乾燥が終わったことを確認すると、アイロンをかけ、服は畳んでタンスの中へ。
見渡せば、家の中も朝やって来た時の乱雑さはすっかりなりを潜めてしまっていた。
「ふう」
と、一息つくと、時計が掃除を始めてから、ちょうど2時間経過していたことを教えてくれた。
「そろそろ貴明さんも帰ってくるお時間になりますし。お昼ごはんは何をおつくりしましょうか」
冷蔵庫を開けてみても、予想通り、食材らしい食材は入ってはおらず。
奥のほうに魚の干物が一枚、入っていますけど。以前こちらを焼いてお出ししようとしたら、必死になって止められましたっけ。
たしか・・・・・・くさや、とおっしゃっていたでしょうか。
その時、貴明自身が処分したはずなのに、なぜかまた冷蔵庫の中に入っているくさやの干物。
「他にはお料理に使えそうなものもありませんし」
手にお財布と、掃除をしながら書いた買い物リストを持って。
お昼の献立は。商店街のスーパー、今日はお魚の特売日でしたっけ。貴明さん、焼き魚と煮物だと、どちらがお好きでしょう?
「あら、イルファさん、こんにちは。今日もタカくんの家?」
「奥様、こんにちは。いつもお世話になっています」
お家から出たところで、家の前のお掃除をなさっていた柚原様に声をかけられました。
手に箒をお持ちになった柚原様。
貴明の家で手伝いを始めたころ、家事のコツや買い物のイロハなど。主婦としての心構えをイルファはいろいろと、春夏に教えてもらったことがある。
「はい、お掃除も終わりましたので。貴明さんの昼食の準備に、商店街のスーパーへ行こうかと」
「もう、イルファさん、春夏でいいっていつもいってるじゃない。『奥様』なんて言われてもこっちが恥ずかしいわよ」
そういって春夏は朗らかに笑う。
そうおっしゃられても、柚原様はいままで、いろいろ家事のことを教えていただいたり、何かとお世話になっている方ですし。尊敬する方を呼び捨てだなんて、そんな、できません。
「でもタカくんも果報者ね。こんなできた人にお世話してもらえるんだから。うちのこのみにも、もうちょっとイルファさんのような、女っぽいところがあればよかったんだけど」
箒を片手に、頬に手をあてて溜息。
「いえ、私なんてまだ奥様に比べれば至らない点ばかりで。それに・・・・・・味覚音痴もまだなおっていませんし」
ああっ、笑われてしまいました。
落ち込むイルファと、明るく笑い声を上げる春夏。
イルファがつぶやくように言った最後のセリフも、春夏にはしっかり聞こえていたらしい。
「そんなに落ち込むこと無いわよ。タカくんだってイルファさんのこと信頼しているから、こうやって家のことを任せているんだし。男の留守を預かるなんて主婦の一番大切なお仕事よ」
「そ、そんな、私のようなメイドロボが主婦だなんて。今だって週に何度か、お世話をしに来させていただいているだけですし」
それとも本当に、毎日お世話させていただけるようお願いしてみようかしら。
貴明さんが、瑠璃様たちとご一緒に住んでくだされば、全て解決しますのに・・・・・・
イルファのこの前向きな心持が、春夏には好ましく映るようだ。
「あれ? イルファさん? 今日、イルファさんが来る日だっけ?」
噂話に興じているうちに、影が射した。
「お帰りなさいませ、貴明さん。学校、もう終わったのですか?」
「あ、うん、ただいまイルファさん。今日は土曜日だからね・・・・・・今日、来るって言ってたっけ?」
手にはカップラーメンの入ったビニール袋。
「はい、言いました。貴明さんがそうやってインスタントのお料理ばかりおめしあがりになるものですから。少し来る回数を増やさせていただくと、先週しっかり」
貴明は慌てて手に持つ袋を体の後ろへ。
やっぱり毎日お世話させていただく方がよろしいようですね。
「ちょっとタカくん。わたしへの挨拶はないの? そりゃ、イルファさんしか目に入らないって言うタカくんの気持ちもわかるけど、お隣さんを無視するなんて。ご近所付き合いは大切よ?」
あ、貴明さん、大慌てでごまかしていらっしゃいます。
「それじゃあ貴明さん。すぐにお昼をおつくりできるよう、材料を買ってまいりますので。その手にお持ちになっている物を片付けて、おとなしく待っていてくださいね」
「あ・・・・・・うん。いつもありがとう」
素直にうなずく貴明に、イルファは笑顔をかえす。
「それと手はちゃんと洗わなくてはいけませんよ。このごろ風邪が流行っているそうですし。あと、制服、洗ってしまいますので洗面所に置いておいてくださいね。洗濯物は全てタンスの中にしまっておきましたから」
あとは、何かお伝えすることはあったでしょうか。
「ちょっとタカくん。今のうちからイルファさんの尻に敷かれていたんじゃ、ダンナさんとしてはあとが大変よ」
不意の春夏の、からかいの含んだ発言に。
貴明は大きく慌てふためいて。
イルファもモーターの回転を、真っ赤な顔をして上げる。
「ちょ、ちょっと春夏さんダンナさんって!」
「あら、今だってもう、似たようなものでしょ?」
貴明では勝てそうにない。
「わ、私お買い物行ってまいりますね。貴明さんお魚を似た物と焼いた物どちらがよろしいですか」
「や、焼いたほう。うん、焼いたのがいい!!」
奥様、何てことをおっしゃるんですか。
でも・・・・・・
「あ、イルファさん」
「いってらっしゃい」
「はい、行ってまいりますね」
まだ熱のあがったままのボディで、イルファは買い物籠をもってスーパーへと走っていく。
買い物籠の中にはお財布と。
貴明の家でお世話をすると決めた日、貴明から貰った家の鍵と
終