耳掃除と膝枕と
「んっ、くっあぁっ・・・・・・」
「もう、貴明さん。動かないでください」
よく晴れた休日の午後。珊瑚ちゃんのマンションのリビング。
俺はイルファさんのなすがままに、情けない声をあげていた。
「くうぅぅっっ」
「貴明さん、ここが気持ち良いんですか?」
「い、イルファさん、ちょっと、ちょっとタンマく、くすぐったくて」
「ダーメ。貴明さん、こんなにいっぱい溜めてしまわれているんですもの。今すっきりさせてさしあげますからね」
イルファさんの、まるで子供を諭すような優しい声。
でもその中に、獲物をいたぶる猫のような響きが含まれているのは俺の気のせいだろうか。
「も、もういいってば。もう十分してもらった・・・ぅわぁぁぁ」
だめだ。いくら我慢しようと思っても、イルファさんの指が動くたびに情けない声が口から漏れてしまう。
下手に動けないって言うのが、さらにこちらの感覚を鋭くしているんじゃないだろうか。
それをわかってかわからずか、多分後者だと思うけど。イルファさんがその動きを速めてくすぐってくる。
「もう少しだけ我慢してくださいね。もうちょっとで終わりですから」
イルファさんが耳元で囁いてくるけど、もう何を言っているのだかよくわからない。
俺はとにかく背筋を走るくすぐったさを我慢するので精一杯で・・・・・・くぅぅぅぅっ、イルファさん、そこ、俺弱いっ!!
「はい、終わりです。お疲れ様でした」
そして耳に吹きかけられる、イルファさんの甘い息。
とうとう我慢も限界を超えて、それまで頭を乗せていたイルファさんの太ももから飛び起きる。
「い、イルファさん!?」
「あら、気持ちよくありませんでしたか?」
クスクスと人の悪い笑顔をするイルファさん。
そりゃ、気持ちよくないって言えば嘘になるけど、だからってここまでしてくれなくったってよかったのに。
「そうですか? でも貴明さん、して差し上げている最中、とても気持ち良さそうなお顔をしていらっしゃいましたよ?」
そういって自分の口の端のところを指をあてる。
イルファさんのその動作がどう言う意味かに気が付いて、慌てて口をぬぐうけど、でも俺、そこまでだらしの無い顔してたんだろうか。
「それではまた今度して差し上げますね。それにあまり溜めてばかりいらっしゃいますと、本当に病気になってしまいますよ」
そう言われると面目が無い。
さっきから俺とイルファさんが何の話をしているかと言うと、耳掃除の話。
朝からなんだか耳の中がゴロゴロするんで、イルファさんに耳掻きの場所を聞いただけだったんだけど。俺の耳の中はイルファさんの何かを刺激するには十分だったようだ。
・・・・・・今度からはもうちょっとマメに掃除することにしよう。自分で。
「そんなぁ。耳をお掃除している時の貴明さん、とても可愛らしかったですのに」
残念そうな顔をするイルファさん。
・・・・・・たまには、またお願いしても良いかもな。気持ちが良かったのは確かだったし。
それにしても、誰かに耳の中を掃除してもらうことがこんなに良い気持ちになれるなんて知らなかった。もうほとんど覚えていないけど、ずっと昔母さんにしてもらったときも、こんな気持ちで俺はいたんだろうか。
「それじゃあイルファさん」
「はい?」
首をかしげて聞き返してくる。
「今度はイルファさんの番だね。お返しにしてあげるよ」
「え、で、ですが貴明さん」
そう言ってイルファさんは手をアンテナに、人間だったら耳のあるところにあてて視線を泳がせる。
普段あまり見れないイルファさんの慌てた姿を見れて、少しだけ得をした気分だ。
「でもそのアンテナ、はずすと俺たちみたいな耳があるんでしょ。って、珊瑚ちゃんから聞いたんだけど」
「それは、そうなのですが」
イルファさんは顔を赤くしたまま黙ってしまう。
あれ、もしかしてメイドロボに耳って、あんまり見せたくないものなのか? 普段はずっと隠れているわけだし。
「貴明さん!」
「は、はいっ」
いきなり、イルファさんが目の前にアップで迫ってくる。なんだかその凄い迫力に体が後ろに下がってしまう。
「どなたにでも、お見せするわけではありませんからね。貴明さんだから、その、恥ずかしいですけどお見せするのですから。そこのところを誤解なさらないでくださいね」
俺がうなずくと、イルファさんはゆっくりと、その耳のところにあるアンテナを外していく。
思わず唾を飲み込んでしまった。
イルファさんがあんまりにも必死になって言うもんだから、こっちまでなんだかひどく緊張してしまう。
そしてアンテナが外れると、そこには普通の、何の変哲も無いふつうの人と同じ耳があった。
「変、ではないですか?」
「い、いや、別に変じゃないよ。可愛らしい、イルファさんらしい耳だと思うよ」
イルファさんらしい耳って言うのがどんな耳なのかは知らないけれど、このなんだか辺りに漂う気まずい空気に、何かを言わなくちゃいけないような気分にさせられた。なんだかホっとしたような、それでもなんだかイケナイことをしているような。
「そ、それじゃあイルファさん、こっちに来て」
俺が正座をしてイルファさんを呼ぶと、やっぱり恥ずかしそうに頭を、俺の膝の上に乗せてくれた。
キスするときと同じくらい、イルファさんの横顔が近くにある。
うわぁ・・・・・・
メイドロボのアンテナは、人とメイドロボを区別するためにわざと付けているんだって、珊瑚ちゃんは言ってたけど。
本当に、今のイルファさんは人間の女の子と変らない。こっちが動くたびに、体がビクっと反応するところとか、俺の手が触れたとたん、耳の先まで真っ赤にして恥ずかしがってくれるところとか。
「い、いくよ」
意を決して、イルファさんの耳掃除を始める。
とは言っても実際、イルファさんに本当に耳掃除をしなきゃならないようなことは無いわけで。だから耳掃除といっても、耳掻きで耳の入り口のところを軽く掻き回すだけ。
コチョコチョと指先を動かして、イルファさんの耳をくすぐっていく。
「んっ、あ」
すると、イルファさんの体がビクっと震えた。
「ご、ごめん、痛かった!?」
「い、いえ。初めてのものですから、まだ慣れていなくて。大丈夫ですから、続けてください」
横顔で、俺の顔を上目遣いで見上げながら口を硬く結ぶ。多分無意識にだと思うけど、手は一生懸命に俺のズボンの端を掴んでしまっている。
コチョ コチョ コチョ
「んっ──あ、ああっ」
それでも我慢しきれないみたいで、最初のうちは耳掻きの先が触れるたびに声を上げていたんだけど。
そのうちだんだんとその声も弱くなっていって。5分もたつと、ぐったりと俺の膝の上に横になるだけになってしまった。
「イルファさん?」
耳元で呼びかけてみても、何の反応も返ってこない。
トロンと溶けてしまったような目で、浅く呼吸を繰り返すだけだ。
「ちょっと、やりすぎたかな」
でも、たかだか耳掃除でここまで放心してしまうなんて想像してなかったし。
そりゃ、イルファさんが感じやすい体をしているって言うのは知ってたけど。やっぱり普段隠れている部分って言うのが理由なんだろうか。外からの刺激には慣れてないっていうか。
「イルファさーん」
もう一度呼んでみてもやっぱり気が付かない。
イルファさんはほんのりと赤い表情で・・・・・・い、いかんいかん、何を変な想像をしてるんだ俺は。
つい、あのお風呂でのことを思い出しそうになり必死になってその想像を打ち消そうとする。だってイルファさん、みょうに色っぽい顔してるんだもの。
これ以上変なことを考える前に、なんとかしてイルファさんを起こさないと。
けれどイルファさん、少し揺さぶったくらいじゃとても気が付いてはくれそうに無い。
「仕方が無い。本当は恥ずかしいけど、イルファさんを起こすためだもんな」
意を決して俺は、顔をイルファさんの耳元に近づけて、さっきイルファさんが俺にしたみたいに息を。
「ひゃぁぁぁぁ!?」
効果は抜群だったみたいだ。
いままで何の反応もしなかったイルファさんが、まるでバネ仕掛けの人形みたいに飛び起きた。
「た、貴明さん!?」
「おはようイルファさん。気持ちよかった?」
俺がそう言うと、今まで自分がどういう状態だったのか思い出したみたいだ。今度は顔を真っ赤にして恐縮してしまう。
「イルファさんが気持ちよくなってくれたみたいで俺も嬉しいよ。でもイルファさん、耳も感じやすかったんだね」
「えっ、いえ、そんな・・・・・・貴明さん、だけなんですからね」
そういって恨めしそうな視線を送ってくる。
こんな照れた顔のイルファさんもなかなか可愛い。
「それじゃあイルファさん」
俺がもう一度イルファさんを見つめると、なんとなく嫌な予感がしたのかイルファさんの体が硬くなる。
「あの、な、なにか?」
「右の耳は終わったから、次は左の耳だね」
もう一回、必死になって我慢するイルファさん。
耳掃除が済む頃には、もう息も絶え絶えで体に力がはいっていなかったけど。
もしイルファさんが嫌でなかったら、またしてあげたいと思う。
俺の膝の上で横になるイルファさんは、とても嬉しそうだったから。
終