そばに、ずっと、一緒に


 枕元で目覚まし時計がなってる。
 もう、朝か・・・・・・なんだか、とても寝足りない気がする。朝眠たいのはいつも変わらないけど、今日は、特に・・・・・・


   「たかくーん、起きてるー?」


 ああ、いけない、このみが迎に来た。早く・・・・・・起きなくちゃ。俺が遅れちゃ、珊瑚ちゃんたちまで待たせてしまう。


「タカくん遅いよ〜。早くしないと、みんな待ってるよ」


「ごめん、このみ。今すぐ準備するか──


 あれ、どうしたんだろ、急に、風景が回転して
 おいおいこのみ、なに逆立ちなんてしてるんだよ。スカートの中、見えちゃうぞ。それに大声なんて出して、恥ずかしいやつだなぁ。


「タカくん!!」


「あれ? このみ、俺・・・・・・何で倒れてるんだ?」


 慌てて立とうとするんだけど、立てない。立てないと言うか、全身に力が入らない。


「タカくん、凄い熱だよ。だめだよ、起きてないでちゃんと寝てないと」


 え、俺そんなに熱あるか? そう言われてみれば、なんだか体がだるい気がするけど。


「そう言われてみれば、じゃないよ。タカくん、凄い顔色悪そうにしてるのに、自分でわかってないんだから」


「いや、顔色なんて自分じゃ見れないし」


「とにかく、みんなには伝えておくから、タカくんはしっかり寝なくちゃだめだよ。ここで無理しちゃ、治るものも治らないんだから」


 こういう時のこのみの迫力は、さすが春夏さんの娘だなぁなんて関心させられる。


「それじゃあこのみ、悪いけど、みんなに言っておいてくれないか。あ、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんには、心配しなくていいからって伝えておいてくれ。また、前みたいに心配して来てくれて、うつしちゃうといけないし」


 このみが出て行って、誰も居なくなった家の中。
 熱があるっていうのは本当みたいだ。だんだん意識が朦朧としてきて、体の関節まで痛くなってきた。
 ああ、こりゃ本当に風邪だな。前のように仮病じゃなくて。
 昨日も夜更かししてたしなぁ、仮病のバチがあたったかな。いや、あたったんだろう。
 熱のせいで目の前が霞む。
 頭がぼーっとする。寝ているのに天井が回る。頭が痛い。
 コチコチとなる目覚まし時計の音がうるさい。
 なのになんでこんなに静かなんだろうこんなに辺りは明るいのにまるで俺だけしかいないみたいだ。
 たぶんきっと俺だけしかいないんだ。
 寒気がする。全身布団を被ってるのに何でこんなに寒いんだろう。
 意味もないのに涙が溢れてきただって誰もいないだから恥ずかしくなんてない。
 だから誰もいなくなっちゃったんだ俺だけしかいないんだ。
 バチがあたったからだから俺だけしか居なくて珊瑚ちゃんも瑠璃ちゃんもイルファさんも誰もいないんだ。
 頭がギリギリするからだがザリザリ。
 道路を走る車の音がガリガリさせる。なんでだれもいないのにくるまが俺を。
 だって仕方ないだって俺だけしかいないんだから車が俺を、だから俺は一人だけになっちゃって。


「貴明さん」


 だから俺の目の前にイルファさんが居るのはおかしい。


「貴明さん、私のことがわかりますか?」


 俺は一人だけなんだから。
 でも俺だけは嫌だ。一緒にいたい。だれも俺だけなんてイルファさんと一緒にいたい。


「たかあ──ひゃっ!? た、貴明さん?」


イルファさん、イルファさん、いるふぁさん」


 イルファさんが俺の腕の中にいてくれる。ぼろぼろぼろ涙が止まらないけど、もう俺だけはいやだから俺はイルファさんが沢山一緒にいるんだ。


「俺、もう一人だけは嫌だよ。イルファさんとずっと一緒にいたい。瑠璃ちゃんと珊瑚ちゃんと一緒にいたいよ、でもみんなどこかに行っちゃったんだ、俺だけになっちゃったんだよ。いやだ、ずっと一緒にいてよ、どこにも行かないで、イルファさん」


「・・・・・・怖い夢でも見たのですか?」


 おでこを撫でる、心地よい手の感触。イルファさんの声が聞こえる。
 もう大丈夫だ。ずっと、イルファさんが一緒に・・・・・・




 目が覚めたのは、もう太陽もかなり傾いたころだった。
 相変わらず全身が鉛みたいにだるいけど、朝から比べればずいぶんと楽になった気がする。


「お目覚めですか? 貴明さん」


 と、他に誰もいないはずの俺の部屋から、聞き慣れた、こちらを安心させてくれるような声がする。


「あれ、イルファさん? どうして?」


「ああ、まだお熱があるのですから、あまりご無理をなさらないでください。朝、珊瑚様からご連絡をいただいたんです。貴明が死にそうになってる
から、助けてあげてー、と」


 そうなんだ。
 そういえば、枕はいつの間にか水枕に代えられているし、頭の上には氷嚢が乗せられている。


「えっと、それじゃあもしかして午前中から俺の看病しててくれたの? ご、ごめん、迷惑かけちゃって」


「もう、貴明さんったら。病気の方をお助けするのは当然のことじゃないですか。貴明さん、もし私が来なければ今でもうなされていたに違いありませんよ」


 イルファさんは、まるで子供を叱るように俺のことを覗き込んでくる。


「じゃあ、ええと、ありがとう。俺、イルファさんのおかげで命拾いできたみたいだね」


 そう言うと、今度こそイルファさんは笑顔を見せてくれた。
 でも、今でこそこうやって笑っていてくれるけれど、ずいぶんと心配をかけてしまったんだろうと思う。なんと言っても、イルファさんがやってきていろいろ看病してくれたことに気が付かないくらい、意識をなくしてしまっていたんだから。


「ねえ、イルファさん。俺、寝てる間うなされて変なこと言ったりしてなかった?」


 そういえば、意識を失っている間ずいぶんとひどい悪夢を見ていた気がする。
 内容は全く覚えていないんだけど、そのとき、寝言で妙なことを口走っていないとも限らない。


「いえ、確かにうなされてはいましたけれど、何もおっしゃってはいませんでしたよ。それよりも、貴明さん。何かお飲み物をお持ちしましょうか?」


 言われて、ずいぶんと喉が渇いていることに気が付いた。
 そういえば汗もたくさんかいたみたいだし、イルファさんには申し訳ないけど、もう少しだけお言葉に甘えさせてもらうことにした。


「じゃあ、何かスポーツ飲料でもお持ちしますね。それと、着替えもご一緒に。何かおめしあがりにはなれそうですか?」


「えと、それじゃあ、おかゆか何か、食べやすそうな物を」


「はい」


 その後、夕方ごろ珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんがお見舞いにきてくれた。うつしちゃうといけないので、部屋の入り口の所で顔をみせてくれただけだったけど、俺が良くなってきたのを見て安心してくれたようだ。
 ふたりは暗くなる前に家に帰ったけれど、イルファさんだけはもう一日、俺の看病をするために残ってくれることになった。大分マシにはなってきたとは言え、まだ自分ひとりじゃまともに歩くこともできなかったし正直ありがたいと思う。


「それではおやすみなさいませ、貴明さん。ゆっくり、休んでくださいね」


「うん、おやすみイルファさん。ありがとう」


 笑顔を向けてくれるイルファさんを見ながら、ゆっくりとまぶたが下りていく。
 今度は、さっきのように悪夢にうなされることもないだろう。だって、すぐそばにイルファさんがいてくれるんだから・・・・・・
 ・・・・・・だから、もう、おれは・・・・・・俺だけ一人になんてなることは・・・・・・




『私は、貴明さんを一人ぼっちにしてどこにも行きませんよ。私だけではなく、瑠璃様も、珊瑚様も、ずっと貴明さんと一緒にいます。だから安心してください。ずーっと、一緒にいましょうね』




   終