みすてり研究会の愉快な仲間


 しがつにじゅうさんにち
 お昼休み。
 付き合いの良い河野貴明君が、今日もミステリ研究会の部室に足を運んでみると。
 いつのも第二用具室の中には、猿轡をかまされたうえ、椅子に縛り付けられた見知らぬ女の子がひとり。


「んっ、んんんー、んんんんんん────っ」


 女の子は貴明君の姿を見て、必死に身をよじりますが。
 貴明君は呆然と入り口に突っ立ったままです。


「んんっ、んんんんん、んんんっ」


「ええっと、君は笹森さんじゃ、ないよね?」


 当たり前の質問を、貴明君は女の子にします。貴明君もかなり混乱しているようです。


「えーっと、それじゃあ君は、誰?」


「んんんんんんーっ!!」


「あ、ご、ごめん。今ほどくから」


 慌てて女の子に駆け寄った貴明君。
 けれど、普通は猿轡の方からほどきそうな物ですが。女の子の長い黒髪に触ってしまうことに抵抗があったのか、貴明君は椅子に縛り付けられたロープの方からほどきにかかります。


「な、なんだよこの結び方!?」


 女の子を拘束した人間の性格をよく反映しているかのような大雑把な方結びに、悪戦苦闘しながらほどいて行く貴明君。
 女の子からするいい香りが、貴明君の焦りを更に増大させていきます。


 すけべえですね。


 それでも何とか、ロープを解いた貴明君。
 猿轡もはずすと、女の子の方も落ち着きを取り戻してくれました。


「・・・ありがとうございます、貴明さん」


「えっと、君、何でこんなところで縛られていたの? あ、やっぱりいいや。大体想像付いたから」


 おそらく貴明君の頭の中では、現在、黄色い髪の女の子が高笑いをしています。


「とりあえず、今は逃げた方いいと思う。迷惑をかけたことは、後で絶対謝りに行くから、えーっと・・・・・・」


 全身から、申し訳無さそうな雰囲気を醸し出す貴明君。
 しかし普段の花梨の行動を考えると、このまま女の子をこの場に留めておくのは自殺行為。貴明君が来るまで、女の子が無事だったこと自体が僥倖に近いのです。
 ここは一刻も早く、花梨がここに戻ってくる前に女の子を逃がさなくてはなりません。


「草壁、優季です。貴明さん」


草壁さんだね。それじゃあ、早く逃げて・・・・・・あれ? 俺、君に名前教えていたっけ?」


「あ───っ!!」


 けれど、貴明君の必死の努力も少し遅かったようです。


「たかちゃん、今すぐその宇宙人から離れてっ!! 記憶を消されちゃうよ!!」


 第二用具室の入り口を仁王立ちになって塞ぐ花梨。
 その想像の更に上を行く台詞は、一瞬で貴明君の全身を腑抜けにしてしまいます。
 けれどここで負けるわけには行きません。貴明君の後ろには、怯えきった草壁さんがいるのですから。


「笹森さん、宇宙人って、誰が宇宙人だよ」


「たかちゃん、たかちゃんの目は節穴? 今たかちゃんの後ろに立っているじゃない、正真証明の宇宙人が!!」


 あまりにも断定的に宣言する花梨に貴明君もつられて後ろを見ますが、どうしたって草壁さんは普通の女の子にしか見えません。
 っていうか、何で花梨には彼女が宇宙人に見えるのでしょう?


「たかちゃん、信じてないわね・・・・・・よろしい。だったら証拠を見せてあげる。後で『花梨会長、ボクが間違っていました、早くボクの記憶を取り戻してください』って泣いて謝ってきたって知らないんだからね」


 花梨の、どうやら自分の物真似らしい、さっぱり似ていないその物真似に貴明君かなりご立腹のご様子ですが。部員のそんな様子に気が付く会長であればそもそもこんなことにはなっていません。
 そしてそんな我が道を行く花梨が指し示した物は、貴明君にも思い出深い、教室から失敬してきた磁石のぶら下がった、一見すると時限装置にしか見えない物。


「UFOたんちきー」


 誇らしげに、その一見すると時限装置にしか見えない物を掲げる花梨。その様子はどこかの22世紀から来たネコ型ロボットを彷彿とさせます。


「このUFO探知機が反応した時、外にいた怪しい物はこの宇宙人しかいなかった。だからこの宇宙人は宇宙人で間違いないんだよ、たかちゃんっ!!」


 おそらく、花梨が警察官になった暁には迷宮入り事件は存在しなくなることでしょう。
 冤罪が数十倍のオーダーで増えることになりそうですが。


「でも、今は反応していないみたいだよ」


「えっ? うーん・・・・・・まだまだ安定性に問題があるみたいだね。改良を加えて、常に万全の結果を出せるようにしないと」


 花梨の辞書には「誤動作」とか「偶然」と言った単語は載っていないようです。

 
「えっと、草壁さん、だったよね。これ以上ここにいたら何されるかわからないから、今のうちに、早く、逃げて」


 見れば花梨は一見すると時限装置にしか見えないUFO探知機の改良にお忙しいご様子。
 あーでもないこーでもないと機械を分解する花梨の後ろには用具室の入り口が無防備な姿をさらしています。
 当然まだ困惑する草壁さんを促して、ついでに貴明君自身もこの場から逃げ出そうと、足音を殺し一歩、また一歩と自由が待っている扉の向こうへと近づいていく二人。
 しかし明日への入り口は、無情にも貴明君の目の前で閉じられてしまいました。


「たかちゃん、どこに行くの」


「え、っと、そろそろ授業も始まるし、教室に戻ろうかなー、なんて」


 ちなみに昼休みが終わるまであと30分以上残っています。


「じゃあ、なんでその宇宙人の手を握ってるの?」


 花梨の目は、草壁さんの手を握る貴明君に釘付けです。
 その熱い花梨の視線に、貴明君の鼓動もどんどん速くなり、全身から汗が湧いてきます。全身といっても、主に背筋からですが。


「たーかーちゃーん、そーのーうちゅー人をどーこーへー連れて行くつーもーりー・・・・・・」


 にじり寄ってくる花梨。
 イヤイヤと首を振りながら後退する貴明君。
 怖いのは当然ですし、気持ちもよくわかりますが。後ろには草壁さんがいるのです。貴明君、ここで勇気を出さなくては男の子ではありません。


「ど、どこへ連れて行くって、別にどこだっていいだろ。それに笹森さんこそ、草壁さんを椅子に縛り付けて、一体なにをするつもりだったのさ!」


 ここで、「人体実験。あ、宇宙人だから宇宙人体実験だね」などと花梨が言えば、自らの身を犠牲にしてでも草壁さんのことを守ってあげなくてはなりません。
 貴明君、心細そうな表情をする草壁さんを振り向いて、ちょっとだけ人体実験と言うフレーズに心を動かされながら、また前を向き毅然とした態度で花梨に挑みます。


「・・・・・・えーっと、どうしようか。たかちゃん、何かいいアイディアある?」


 「人体実験!!」と口が勝手に喋りそうになるのを我慢させて、貴明君、一世一代の突込みが入ります。


「何も考えてないのに人を拘束したうえ猿轡までかませたのか!?」


「むっ、たかちゃん、会長に対してあんたなんて、口の利き方がなってないよ」


 花梨の中では、拉致監禁罪よりも会長に対する不敬罪の方が罪が重いようです。


「だからっ、今問題なのはそんなことじゃなくて!!」


「やだなーたかちゃん。ジョークだよ、ジョーク」


 どうせなら全部ジョークだったらいいのに、と、いくら願ったところで現実は非情なままです。


「私がなぜ宇宙人を捕獲してこのミステリ研究会の部室に隔離しておいたか。それはね・・・・・・宇宙人を、ミステリ研究会に入部させるためだったんだよ!!」


 もう貴明君突っ込みをいれたくて仕方がないようですが、ここで口を挟んでしまうと話が進まないのでぐっとこらえます。
 「な、なんだってー」などと言った日には花梨が図に乗るのでこちらも我慢です。


「そのために宇宙人を椅子に座らせておいて、ゆっくり勧誘をするはずだったのに。たかちゃん、ロープほどいちゃうんだもん。折角の計画が台無しになっちゃったじゃない」


 ちなみに「勧誘」といっているのは、「脅迫」の誤植ではないのであしからず。


「それでね」


 花梨の視線が、貴明君を通り越して後ろにいる草壁さんを射します。
 急に話を振られて、きょとんとする草壁さん


「ちょっとだけ順番が変っちゃったんだけど、ミステリ研究会に入ってみない? あ、大丈夫、そんないきなり宇宙人体実験がさせて欲しいなんて言わないから。ね、お願い」


 頭まで下げて、草壁さんにお願いをする花梨。
 そこだけを見ればとても誠意ある対応なのですが、先にロープで縛り付けていたのでは全てが台無しです。


「え、でも、私」


「ミステリのこと知らなくても大丈夫だから。ただ毎日お昼休みと放課後にここに来て、ちょっとだけ実験に協力してくれればいいから」


「ちょっと待て、今、実験って言ったぞ!?」


 とうとう貴明君も突っ込みを我慢しきれなくなったようです。


「たかちゃんは黙ってて。うちの部員が変なこと言ってるけど気にしなくていいから。あ、そうだ。交換条件として副会長になるって言うのはどう? この栄えあるミステリ研究会のナンバーツーになれるんだよ。いまなら雑よ・・・じゃなかった、有能な部員も付いてきてお得だよ」


 貴明君の耳は今の会長の本心を聞き逃しはしませんでした。というか、自分の時にはそんな交換条件が一切なかったことに、ちょっぴりジェラシー。


「だから、ね、お願いっ」


「笹森さん、ほどほどにしておきなよ。草壁さんだって困っているだろ。それに、いきなり人を縛り付けておいてお願いだなんて、虫が良すぎるよ」


 仕方がないなぁといった風に草壁さんを振り向く貴明君。
 でも草壁さんは、ちょっとだけ考えて。


「・・・・・・いいですよ?」


「「えっ!?」」


 花梨と貴明君。2人の台詞がハモります。
 片方は感激に表情を輝かせて。もう片方は信じられないものでも聞いた様子ですが。


「入っても、入部してもいいですよ」


「ちょっと待って、草壁さん、本気!?」


「本当!? ありがとー!! あ、ちょっと待っててね、今腕章をあげるから」


 飛ぶように部室の奥へといって、花梨はなにやら腕章を探しているようです。
 何もかかれていない腕章をダンボールの中から引っ張り出して、黒のサインペンで『副会長』と。


「く、草壁さん、本当に入部する気なの? 今ならまだ間に合うから、早く逃げた方がいいよ!?」


「はい、本気ですよ、貴明さん」


 にこにこと笑う草壁さんに、貴明君は絶望を表情に浮かべて首を振ることしかできません。


「でも、どうして・・・・・・?」


 貴明君の問いに、草壁さんの首が少しだけ傾きました。


「んー・・・・・・貴明さんが、いるからかな」


「俺が?」


 今度は貴明君の方が小首をかしげる番です。
 もしかして、そんなに雑用係が付いてくるという花梨の出した条件に、魅力を感じたのでしょうか。


「はい、これ」


 奥から腕章を持った花梨が、草壁さんと貴明君、2人に腕章を手渡します。
 草壁さんには『副会長』と書かれた腕章を。貴明君には『ヒラ』と書かれた腕章を。


「いらないよ、こんな物!!」


「だめだよー、たかちゃん。いくら親しい仲でも、上下関係はきっちりしないと。目下の物は目上の者の命令に絶対服従っていうのが、このミステリ研究会の伝統なんだから」


 もう文句を言う元気すら残っていません。
 横を見れば、草壁さんがニコニコとしたまま貴明君のことを見ています。


「これから、よろしくお願いしますね。貴明さん」


「・・・・・・よろしく」


 結局草壁さんが何で入部する気になったのか、良く分からずじまいでしたが。本人がやる気になっている以上文句をつけることもできません。
 他に貴明君ができることといえば、2人に分からないように小さく溜息をつくことぐらいでした。


「さぁーって、念願の宇宙人の部員も入ったし。これから忙しくなるよたかちゃん、宇宙人!!」


 なんだか、更に面倒なことになったような気がする。

 
 異様に張り切っている花梨を眺めて、そんなことを思う貴明君でした。





   終