続・ミステリ研究会の愉快な仲間


「タン タタ タタ〜タタ〜」


 四月。
 爽やかな風に乗って、どこからともなく、歌声が響いてきます。


「タタ〜 タ タタタタ〜」


 学校の裏庭を歩く貴明君の耳にも、その歌声は届きました。
 どこか懐かしい気持ちのするその歌声に誘われて。
 歌声が聞こえる方向へ貴明君の足も運ばれていきます。


「タン タタ タタ〜タタ〜」


 建物の角を曲がると、その歌声は一層大きく聞こえてきました。
 『芝生療養の為』と書かれた柵の向こう側。
 そこで、草壁さんが楽しそうに歌を歌っていました。


「タン タタ タン〜タタ〜」


 ただし逆さ吊りで。


「何をやっているんだよ!!」


 貴明君、そのあまりの光景に思わず叫んでしまいます。
 相変わらず不意を付かれることには弱いようです。


「あ、こんにちは。貴明さん」


 崩れ落ちる貴明君に対して、普段と変わる様子もなく挨拶をする草壁さんがとても対照的です。
 もうどこから突っ込んで良いのか、そもそも何と声をかければいいのか。
 貴明君、地面に膝をつきながら全身で苦悩を表しています。


「やっほー、たーかちゃん」


「・・・・・・笹森さん、スカートの中、少しは隠せば」


 こちらも草壁さん同様、逆さ吊りにされている笹森会長。
 貴明君、そろそろ諦めの境地です。


「えっ、スカートの中?」


 笹森会長、視線を自分のスカートに合わせます。
 逆さ吊りで、しかも全く隠そうとしないものですから、笹森会長のブルマーはとても顕わな状態です。
 つまり丸見え。


「んもぅ、たかちゃんったら。いくら私の魅力に興奮したからって、こんな所じゃ人に見られるかもしれないし」


 かもしれない以前に、笹森会長の隣では一緒に草壁さんが吊るされています。


「でも、たかちゃんがどおしても、って言うなら、私・・・・・・」


 貴明君、鼻で笑いました。
 ちなみに草壁さんのほうはしっかり手でスカートの裾を押さえています。


「たーかちゃーん! 会長侮辱罪は終身刑なんだよー!!」


 笹森会長、ぶら下がったままでも腹筋を使って器用に暴れます。
 吊るされて暴れる姿は。
 疑似餌にひっかかったブラックバス


「でも、草壁さん


「はい、何ですか?」


 前に後ろに右に左に振り子運動を続ける会長はとりあえず。
 放置の方向で意見の一致を見たらしい草壁さんと貴明君。


「・・・・・・なにがあったの?」


 貴明君のその確信を突く質問に、草壁さんも考え込んでしまいます。


「あの・・・・・・最初は会長さんだけが吊るされていたんですけど、助けようと思って近づいたら」


「OK、それ以上は言わなくていいよ。近づいたら、草壁さんまで罠にかかったんだね」


 吊るされたままだと、草壁さん、肯くのも大変そうです。


「それで、貴明さん。下ろしてくださると嬉しいのですが」


「うん、わかった。今下ろすよ・・・・・・るーこっ!!」


 周囲の茂みが音を立てて揺れだします。


「るーるる、るーるる、るーるーるー」


 聞こえてくる、民族的なリズム。


「るーるる、るーるる、るーるーるー」


 徐々にそのリズムは3人に近づいてきて。
 そして現れた、両手を天に掲げた。


「べっかんこ」


「っじゃ、ないっ!!」


 民族的なリズムを口にしながら茂みの中から現れたのは。
 バンザーイをした女の子。


「ん? 久しぶりだな、うー。だがコレはるーの獲物だ。あげないぞ」


 どうやら貴明君とは知り合いのようです。


「誰も欲しいなんて言ってない!
 そもそも草壁さんは獲物じゃない!!
 その前に罠を仕掛けるなと何度言えば!!!
 って言うかお前、帰ったんじゃなかったのか!?」


 貴明君、怒涛の突っ込みです。肩で息をしています。


「相変わらずうーは愚かだ。この間は事故でうーのことを満足に調べられなかった。
 調査をやり直すのは当然だ。少し考えればわかることだぞ、うー」


 あまりにも平然と言われてしまって、貴明君も二の句をつげていません。


「あの、貴明さん。こちらの方は」


 代わりに口を開いたのは、呆然と2人のやり取りをしていた草壁さん
 依然吊るされたままです。


「以前うーには命を救ってもらった。代わりにうーのピンチを救ってやった。
 今ではうーはうーの調査のための、貴重なサンプルの一つだ」


 今の説明で貴明君と彼女の関係を理解できる人間がいるとすれば。
 かなりユニークな思考形態をとる人に違いないでしょう。


「そう、なんですか・・・・・・?」


 案の定草壁さんも首をかしげるだけです。


「調査ってまさか、ミステリ研究会を狙ってるって言うの!?
 前々からなんとなく監視されているような気がしてたの、てっきりたかちゃんが私のことを見つめていたんだとばっかり思っていたのに。
 CIA? MI6? それともフリーメーソン
 ミステリ研究会はレジデンド・オブ・サンなんかに屈しないんだからー!!」


 けれど笹森会長の頭の中では、かなり壮大なストーリーが展開されているようです。
 恐らく今まさに、失くした聖なる“おひつ”でもあけようとしているのでしょう。


「るぅ?」


 笹森会長の暴れようには、彼女も興味を引かれたようです。
 逆さ吊りの笹森会長に近づき、まじまじと見つめ。
 そして一言。


「リリース」


「ぎゃんっ!!」


 突然ロープが切れ、地面に落ちる笹森会長。


「肉、柔らかそうだが癖つよそう。煮ても焼いても食べられそうにない。
 だからリリース。獲物はあっちのうーだけでいい」


 獲物の質にはうるさいようです。


「だから草壁さんを獲物扱いするなって」


「るぅ。しかしこれだけの上物がかかるのは滅多にないことなんだぞ。
 ひと月は村が潤うほどだ」


 よほど惜しいのか、草壁さんのことはなかなかリリースしようとしません。


「たかちゃん、早く逃げて。やつら、たかちゃんを政府の強制キャンプに連れて行って
 『世界同時革命万歳』
 としか言えなくするつもりなんだよーっ!!」


 こちらは落ちたときにでも打ったのか。腰をさすりながら叫ぶ笹森会長。


「うー。あの賑やかなうーは何者だ? うーのコレか?」


 と言って親指。


「・・・・・・いや、意味がわからないから」


 どうも彼女、笹森会長に並々ならぬ興味を抱いたようです。
 突然両手を空高く掲げて。


「決めたぞ、うー。今回の調査ではあのうーをサンプルにすることにする」


 彼女の突然の宣言に、貴明君も面を喰らってしまいます。


「え、いや、笹森さんならうってつけと言うか、でもあんまり一般的じゃないから、サンプルとしては不適格なような」


「だが安心するがいい。うーへの観察も継続して行ってやる。
 二つのサンプルの観察などるーにはサンマを焼くより容易い。
 るーは優秀な民族なのだ」


 そして手を上げたまま笹森会長を振り向きます。


「聞いたとおりだ。今からお前をサンプルその2として認定する。喜んでいいぞ」


 普段とっぴなことを言っては周りを唖然とさせる笹森会長も、自分が言われることにはなれていない模様です。
 今言われたことを頭の中で再生して。
 その上でそれがどういう意味なのかを熟考して。
 ちなみにそこまでにかかった時間はおよそ3秒ほどです。


「やったよたかちゃん!
 この元KGBのスパイがミステリ研究会に入部してくれるんだって!!」


 なぜそう言う結論になるかは笹森会長にしか理解できませんが、とにかく大喜びで彼女に駆け寄ります。


「うーたちの観察のためなら仕方がない。うーの組織に入ってやる。
 感謝しろ」


 彼女もまんざらではない様子で笹森会長と握手をしています。
 ですが貴明君は、まるで酢でも飲んだ様な表情。


「宇宙人の次は元女スパイ。人材も増えてきたし、今年はミステリ研究会飛躍の年になるよ、たかちゃん!!」


 もう笹森会長の中では、彼女のことは元KGBの女スパイと言うことで固定のようです。
 二人肩を組んで、茂みの向こうへと行ってしまいました。


「女スパイって・・・・・・笹森さん、何がしたいんだよ」


 ガクリと肩を落として、我が身に降りかかる災難に溜息しか出ない貴明君。
 休み時間もそろそろ終わりですので、早く教室に戻らなくてはなりません。
 挫けそうな気持ちを何とか奮い立たせ、毅然と正面を向くと


「あの、私はいつになったら下ろしてもらえるんでしょうか」


 慌てて草壁さんを助け出した貴明君が、授業に遅れて大目玉を食らったことは言うまでもありません。




   終