[TH2SS]
「ごめんなさい河野君。本の整理、手伝ってもらっちゃって」
本棚の向こう側から、小牧さんの申し訳無さそうな声が聞こえてくる。
「いいよいいよ。べつに用事があった訳じゃないし。1人でやるよりも、2人でやった方が早いんだからさ。この本、今日中に移動させなきゃいけないんだろ」
「うん、それはそうなんだけど・・・・・でも、本当に良かったの? あの双子さんと、一緒に帰るんだったんじゃ」
もう一度聞こえてくる、小牧さんの落ち込んだ声。手に持った本を見つめて、表情を暗くしている様子が手に取るように浮かんでくる。
クラスでもそうだけど、本当に小牧さんて人に手伝ってもらうことが苦手なんだな。
「別に約束しているわけじゃないし。それに2人にはちゃんと事情を説明しておいたから大丈夫だよ」
「でもそれって、逆を言えば説明しなきゃいけないようなことだったんでしょ? ううぅっ、ごめんなさい〜。私が、あんなところでうろうろさえしてなかったら、今頃河野君、双子さんと一緒に帰れてたのに」
と思うと今度は慌て始めるし。たまに図書室の仕事を手伝うようになって知ったけど、小牧さんって本当に見ていて飽きないよなぁ。
まるで何かの小動物みたいだ。
「だから別に良いって。まあ、あとで瑠璃ちゃんのキックくらいは覚悟しなきゃいけないかもしれないけど」
『このヘンタイ貴明! ウチやさんちゃんやイルファだけでなくて、他の女まで手ぇだして〜!!』とかなんとか。
本気で瑠璃ちゃんが怒ってる訳じゃないのは知ってるから、別にいいんだけど。
それに第一、困ってるクラスメイトを見捨てて帰ったことがばれたら、珊瑚ちゃんやイルファさんにどれだけ怒られるか。それを考えれば本の整理を手伝うことや、瑠璃ちゃんの愛情表現に耐えることくらい軽い軽い。
「キック・・・・・・してくるの? 双子さん」
と、俺は思っていたんだけど。小牧さんは何か別の、もっと物凄いものを想像してしまったみたいだ。
「河野君、もしかして双子さんに虐められてるんじゃ」
「違うって。キックしてくるのはあくまでスキンシップの一環。愛情表現なんだから虐められてるとか暴力とか、小牧さんの想像しているようなことは一切無いから」
「あ、愛情表現!? ここ、河野君、もしかしてそう言うしゅみ──
「違う!」
これも手伝うようになってからわかったけど、小牧さん、実はかなり疲れる子だ。
「ほらほら、早く本を整理するんでしょ。無駄話ばかりしてたらいつまでたっても終わらないよ」
「はぁーい、そうでした」
くすくすと聞こえてくる笑い声。
こんな風に人をからかってくるなんて。委員長の時からは想像できないよ。
こんな話を息抜きに、玄関から運んできた本を次々と整理していく。
ダンボールの蓋をあけて、納品書と違う部分が無いかをチェックして、整理用の本棚に並べていく。小牧さんも本棚の向こう側で同じ作業をしているんだろう。
「あ、小牧さん。この本なんだけど」
「え、どれ?」
ダンボールの中から、納品書に書かれていない本が出てきた。小牧さんに確認を取ろうと思って、顔を上げたんだけど。
「わひっっ!?」
小牧さんも同じタイミングでこちらを見てしまったらしい。本棚を挟んで、小牧さんと目があってしまう。
「ごごごめんなさいっっ」
あわてて首を引っ込める小牧さん。そのあまりのすばやさに、こっちは驚くタイミングを失ってしまう。
す、すごい反射神経だったな。ほとんど顔が触れそうな位置から、一瞬であんな離れたところまで下がるなんて。
「い、いや、別に謝ってもらうようなことじゃないし、気にしてないよ。こっちこそ驚かせちゃってごめん」
「う、ううん私こそ河野君を驚かせちゃってそれに大きな声をあげちゃったし、あ、こ、河野君のことが嫌だから驚いたんじゃなくてでも河野君に不快な思いさせちゃったかもしれないし・・・・・・うううぅっ」
もう言いたいことが有りすぎて何を喋っていいかわからないって状態になっちゃったみたいだ。
自分で何か一言いうたびに泥沼にはまり込んで言って、本棚の陰で小さくなっていく小牧さん。もうちょっとこんな様子の小牧さんを眺めていたい気もするんだけど、それじゃあいつまでたっても作業が終わらないし。
「えっと、それじゃあ作業に戻ろうか」
「う、うん、そうだね」
やっぱり恥ずかしいらしい。
「でも『わひ』はどうかと思うよ」
「え? 私そんなこと言ってませんよ?」
うん、明らかに動揺を隠そうとしてるのがバレバレだ。
「やだなぁ、その歳でボケちゃいました? それとも双子さんの幻聴でも? いくら幸せだからって惚気るのはよしてくださいよ〜。あ、雨が降ってきましたよ。早く作業終わらせちゃいましょ」
かなり強引な話の打ち切り方をして、小牧さんはもう一心不乱に本を片付けていく。
けれど雨の話は本当だったみたいで、耳を済ませば木の葉を打つ雨の音が聞こえてくる。この様子だとけっこう強く降っているみたいだ。
困ったな。今日、傘持ってきてないんだけど。
結局、小牧さんの頑張りのおかげか本の整理はもう1時間くらいで片付いた。
「河野君、今日は本当にごめんなさい」
図書室の鍵を閉めて、小牧さんがこちらに頭を下げてくる。
「だからそんなに気にすること無いって、俺が勝手に手伝っただけなんだから。それとも・・・・・・迷惑だった?」
「そんなことない! 河野君のおかげで、今日中に終わらせることできたし。でも河野君・・・・・・雨。傘、持ってる?」
さっき降り始めた雨は一向に止む気配がない。それどころかだんだんと強くなってる気がする。
朝の天気予報で降らないって言ってたものだから油断した。こりゃ、珊瑚ちゃんの家に着くまでにはびしょ濡れになってるな。
「あ、あの、私こんなこともあろうかと思って折りたたみの傘持ってるの。河野君、良かったらこれ」
「小牧さん、それじゃあ珊瑚ちゃんたちが待ってるし、また明日。また何あったら言ってよ、手伝うから」
「え、あっ、うん。あ、河野君、さよなら」
カバンの中から傘を出そうとした小牧さんから、あわてて別れる。あのままあそこに居たんじゃ、無理やりにでも小牧さんの傘を受け取らされかねない。
そんなことしなくて良いって言っても、なかなか聞いてくれないだろうし。
けれど玄関までたどり着いて、カッコつけたことを少しだけ後悔した。雨脚は思っていたよりも強くて。傘も無しに外に出れば、ずぶ濡れどころでは済まなさそうだ。
引き返して小牧さんに傘を貰うか。いや、小牧さんを雨に塗らせるくらいなら自分が風邪を引いた方がまだマシ・・・・・・
「貴明さん」
そんなことを考えながら玄関でうろうろしていると、聞きなれた声に名前を呼ばれた。
「イルファさん?」
入り口の陰から、傘をさしたイルファさんがこちらに歩いてくる。
「どうしたの、学校まで来るなんて」
「晩御飯のお買い物に来たのですが、途中で雨が降ってきましたので。それで、確か貴明さん、今朝傘を持たずに出かけられたはずでしたから」
そう言うイルファさんの手には、スーパーのビニール袋が。
「それで、俺を迎えに商店街からわざわざ?」
買い物のついでと言うのは、ここと商店街のスーパーは距離が離れすぎているし。
「はい。だって、貴明さんが雨に濡れて、風邪を引かれたら大変ですから」
「・・・・・・・ごめん、ありがとう。もうちょっとで濡れながら帰るところだったよ。ありがとう、イルファさん」
イルファさんは満足そうに微笑むと、俺のほうに一歩体を寄せてくる。
? 家に帰るのなら、なんでこっちに寄って。
「イルファさん? そういえば、俺の傘は」
「それが、大変申し訳ないのですが、買い物の途中でこちらに来てしまったため自分の分の傘しか用意していなかったんです。近くに傘を売っているようなお店もありませんでしたので」
そういってイルファさんは、2人の間に傘をさす。
「一緒に、帰りませんか」
河野貴明に傘を渡し損ねて、小牧愛佳はトボトボと階段を降りていく。
傘は渡せなかったし、お礼もきちんと言えなかったし、挙句の果てに『わひ』とか叫んじゃったし。
あの時、河野貴明が冷静で居てくれたから直ぐに落ち着くことができたけれど、彼まで一緒になって混乱していたら、どんな惨状になっていたことか。考えるだけで背筋が冷たくなる。
でも河野君、あんなに私の顔が近くにあっても、あんまり驚いてなかったなぁ。書庫の整理手伝ってもらったばかりの頃は、女の子と喋るだけでも苦手そうにしてたのに。やっぱり秘訣は、あの双子さんとお付き合い始めたことなのかなぁ。
そんなことを考えながら玄関までやってくると、その河野貴明が校門を出ようとしている姿が目に入った。
2人で一本の傘をさして。仲を良さそうに雨の中を歩いていく。
彼の隣で一緒に歩くのは、確か双子さんの所にいるメイドロボットのはずだ。以前、貴明から紹介されたことがある。心を持ったメイドロボだって。
確かに河野貴明と一緒に歩く彼女は、心を持っているんだということがわかる。
だって、あんなに嬉しそう。彼女も、河野君も。
一緒に仲良く傘をさして。
「私も、はやく男の子苦手なの治さないと」
そう考えると、傘に当たる雨の音も楽しげに聞こえてきた。
終