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2月14日セントバレンタインデー!
女の子が好きな男性にその気持ちを伝える日。だが男から女の子にその想いをぶちまけてはいけないなんて誰が決めた!!
太平洋を挟んでアメリカに居るささらに、俺は、この聖なる日にずっと変わらない想いを伝えるんだ。
そのための準備だって何週間も前からやった。
休みのたびにこのみの家に行っては、春夏さんにお菓子の作り方を教わった。
試作のチョコレートだっていくつも作って、ささらが喜んでくれそうな物を考えた。おかげで今月は生活費がちょっとピンチだけど、ささらの笑顔のためなら三食試作チョコレートだってかまうもんか。今にも鼻血が噴出しそうなのも、ささらへの愛だと思えば耐えていける。
そしてついに完成させることができたチョコレート。
定番のハート型のチョコレートにチョコレートクッキー。チョコレートケーキにチョコレートキャンディー。どれも会心の出来で、これならささらに俺の今の気持ちを十分に伝えてくれるに違いない物ばかりだった。
俺はこれを食べてくれた時のささらの笑顔を思い浮かべながら、浮き立つ気持ちでその手作りチョコをアメリカに送ったんだ。
なのに
「なんでささらから何も連絡がないんだろう・・・・・・」
送ったのが3日前。食べ物だし、一番速い航空便で14日に間に合うように送ってもらったのに。
もう14日なんてとっくに過ぎて、今はもう15日。昨日の夜なんて、いつささらからの電話があってもいいように徹夜までしたのに・・・・・・おかげで眠たい。
ま、まさか、ささらに食べてもらえなかったとか!? また前みたいに、人の手作りの料理が食べられないで・・・・・・そんな。俺の作ったものだけは、食べてくれるようになったと思っていたのに。冬にアメリカに行った時だって、あんなの喜んで俺の手料理を食べてくれたのに。
やっぱり俺じゃ、ささらの彼氏に相応しくなかったんだろうか・・・・・・
そんな風に、俺が家のリビングで一人悩んだり苦しんだりしていたところ。
玄関からチャイムの音と、扉を叩く音が。
きっと、ささらからのエアメールに違いない。
いいかげん不安のスパイラルに襲われて、ささらのことしか考えられなくなっていた俺の頭には、そのチャイムの音がまるで天の声に聞こえたくらいだ。
でも、慌てて開けた玄関の前に立っていたのは、郵便局の職員でも、運送業者の制服を着た人でもなくて。
大いばりで立つ、自称永遠の14歳の先輩だった。
「オッスたかりゃん、元気しとったかね」
ささらがアメリカに行ってからあんまり顔を見せなくなったと思ったら。と言うか先輩、いつまでその制服着てる気ですか。ぶっちゃけ恥ずかしくないですか?
「何を言う。せっかくこのあたしが、制服マニアのたかりゃんのためにも、恥をしのんでこうやってサービスしてやってるのに。この恩知らず! プレイ料金よこせ!!」
はいはい。で、何の用ですか。
「うむ、それだがな。聞いたぞ聞いたぞー。たかりゃん、バレンタインに女の子にチョコばら撒いてたんだってな。さーりゃんがアメリカに行っていないことをいいことに、こっちで新しく彼女作る気かこのプレイボーイ野郎め。さーりゃんにバラされたくなかったら、あたしにもそのチョコをよこせ」
まさか、そのためだけにわざわざ来たんですか。
「うん。悪いか」
「悪くはないですけど、暇そうですね」
昨日、俺が他の女の子にチョコを配ったって言うのは本当だ。ささらに送るために試作したチョコレートが大量にできたので、捨てるのもなんだし、俺が一人で食べられる量にも限界があるし、いつもお世話になっている人たちに渡したってだけなんだけど。
だから正確には女の子だけにあげた訳じゃないし。せっかくだから雄二のやつにもやったら、涙流して喜んでやがった。男からチョコもらって、何がそんなに嬉しかったのかね?
冷蔵庫の中に入れておいた、残りのチョコを持ってくる。
先輩はいつの間にかソファの上に座ってくつろいでいて、こちらもいつの間にか用意されていたジュースを飲んでいた。
「どうぞ、たいした物じゃないですけど」
「わーい、ありがとーおにーちゃん。ほほぅ、なかなか可愛らしくて凝ったラッピングではないか」
わざわざこのために、駅前のカルチャーセンターまで行って習った成果だろう。せっかく中身を一生懸命つくるんだから、外側も凝ったものにしないと。そのほうがささらも喜んでくれるだろうし。
「んぐんぐ、意外と、むしゃむしゃ、いけるな、もぐもぐ、このたかりゃんの愛情入りチョコレート。ごちそーさん」
何かチョコレートじゃない、別のものを食べるみたいに豪快に租借して、やっぱりいつの間にか手に持っていた湯飲みを一気にすする。
いや、もう、先輩がこういう人だって言うのはとっくに慣れたけど。
「うむ、美味かったぞ。二重丸をあげよう。これからも精進するよーに」
なんにせよ、俺の作ったもので喜んでくれたのは素直に嬉しい。
「しかしたかりゃん、チョコといいラッピングといい、将来いいお嫁さんになれるぞー。このあたしが言うんだから間違いない。どうせさーりゃんにも送ったんだろ。それでなにか? 『甘いチョコレートをありがとう貴明さん。そうだ、ホワイトデーのお返し、貴明さんは何が欲しい?』『そうだな。チョコレートよりもずっと甘い、ささらのキスが欲しい』とかなんとか、国際テレフォンセックスに励んだんだろコンチクショー。お前らなんて全国のもてない君の呪いで・・・・・・って、あれ?」
思い出した。
まーりゃん先輩のせいで忘れてられたのに、そのことを思い出してしまった。
ささら・・・・・・もう俺のことなんて忘れちゃったのかなぁ・・・・・・
「あれ、もしかしてまださーりゃんから連絡なかったりしてる?」
うなずく俺。
状態はさっきへ逆戻りだ。他人から指摘された分、さっきよりもひどいかもしれない。
「やっぱりささら、俺のことなんてもう忘れちゃったんですかね。遠距離恋愛ですし、アメリカには俺なんかよりもずっとかっこよくて頼りがいのある男もたくさんいるでしょうし・・・・・・」
多分そのときの俺は、もう心がくじける寸前だったんだと思う。
じゃなかったら、よりにもよってまーりゃん先輩に相談を持ちかけるなんて真似をするはずがない。
けれどこのときばかりは、正常な判断能力を失っていたことが逆に幸いしたようだった。
「あのなたかりゃん。たかりゃんは馬鹿か、アホか、間抜けか、敗北主義者か、それからえーっと、とにかく! あの時、たかりゃんとさーりゃんが一緒に逃げたのは何のためだ! あの時の二人の絆ってのは、そんな海を挟んだくらいで壊れる物だったのか! 45光年離れててもつながってる奴らだっているんだぞ!!」
最後のがよくわからないけど、まーりゃん先輩が本気で怒ってることはわかった。
「でも、15日になっても何も連絡がないのは、やっぱり、送ったチョコ食べてくれてないんじゃないかって・・・・・・食べてくれないどころか、また前みたいに人の手料理を食べられなくなっていたんだったら。ささら、俺の料理食べれるようになったのに、また、その前の二人に戻っちゃうんじゃないかって」
そうなったら俺は、またささらと同じ関係を築くことができるだろうか。今度はあの時と違って、そばに、ささらがいないのに。
「あのなたかりゃん。たかりゃんが周囲の女子高生や主婦の皆さんから『なんで男がこんなところにいるのかしら』なんて目で見られながら、ラッピングスクール通ったのは何のためだ? たかりゃんがさーりゃんのことをちゃんと想っているからだろ。じゃなかったら、レジのお姉さんに白い目で見られても、スーパー中のチョコ買い占めるようなことはしなかっただろ。違うか!?」
「なんでそんなことまで知ってるんですか!?」
「たかりゃんをストーキングしてたからー☆ そんなことよりも、たかりゃんのそのさーりゃんへの気持ちが伝わらないなんてことがあるはずない。たかりゃん、もっと自信をもたなきゃ」
そう、だろうか。俺のこの気持ち、本当にちゃんと、ささらにまで届いているんだろうか。
「あー、そだ。チョコくれたたかりゃんに、お礼に良いこと教えてやろう。時差、って知ってるか?」
急いで階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込む。
地図、地図! いや、それよりもネットで調べた方が速──
『おーいたかりゃん、電話だぞー。ちなみにだなー、今の時間だと、さーりゃんのいるところ、だいたい学校終わった夕方くらいだー』
俺は慌てて、今来た階段を降りていく。
終