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テレビの中では、ようやく倒すことのできた蛇のボスが(なぜか)爆発しながら倒れていく。
苦しい戦いだった。
コンティニューを続けること幾十回。絶叫を上げて灰になっていくボスキャラに、俺は安堵と満足感の混じった溜息をついて、画面を振り返った。
「珊瑚ちゃん、ようやくこいつ倒せたよ・・・・・・?」
そう言ってリビングを見渡すけれど、声をかけた本人の姿はどこにもない。そして奥の方から聞こえてくる、三人の声。
ああ、そう言えばみんな、お風呂はいっているんだっけ。
夕食を食べた後、ベッドに入るまでの穏やかな時間。耳に入ってくるのはテレビゲームの音楽と、三人仲良くお風呂に入っている、珊瑚ちゃん、瑠璃ちゃん、イルファさんの声。
時計を見れば、ずいぶんと時間がたっていた。
一緒にお風呂に入ろうと言う珊瑚ちゃんとイルファさんへの言い訳に始めたゲームだったけど、けっこう集中してプレイしていたみたいだ。一緒にお風呂に入って拷問めいた時間を味わうのに比べたら、これくらいゲームに集中することなんて訳無い、と感じるのは喜ぶべきなのか悩むべきなのか。
そりゃ、別に、珊瑚ちゃんたちと一緒にお風呂に入るのが嫌だって訳じゃないけど。でもそうしちゃうと、ゆっくり湯船に浸かって一日の疲れを取るというには程遠いことになってしまうわけで。
気持ち良いのは確かだけど。
「だからベタベタ触るなー!」
「ですが瑠璃様のこの、お風呂上りの瑞々しいお肌を見ていると、つい」
「うちも触る〜」
三人とも、あがったみたいだ。
お風呂場の扉を開けて、三人の賑やかな声が聞こえてきた。今日も瑠璃ちゃんは、イルファさんの愛情表現にさらされていたみたいだ。
「貴明、お風呂あいたでー」
「うん、ありがとう、後で入るよ。あ、そうそう、珊瑚ちゃん。さっきのボス、やっと倒せたよ」
「えっ、ほんまー」
テレビの前から立ち上がって、タンスに自分用の下着やなんかを取りに行く。ずいぶんと、珊瑚ちゃんの家に置いてある俺の服も増えてきたと思う。
もう持っている洋服の半分くらいはこっちにあるんじゃないだろうか?
「なあ貴明、見せて見せて〜」
脱衣所から駆け込んでくる珊瑚ちゃんの足音。
「ちゃんとポーズしてあるから、そんなに急がなくても大じょう・・・・・・」
そういえば春にもこんなことがあったななんて、目の前のことに付いて行くことのできてない俺の頭は考える。まだ一緒に生活する前で、イルファさんとも出会う前のことで。
でもあの時は、確かバスタオルを巻いていたはずだよなぁ。
「さ、さんちゃん前、前隠してー!?」
慌てる瑠璃ちゃんとイルファさんを気にも留めないで、こちらに向かってくるさくらんぼ二つ、もとえ珊瑚ちゃん。
パジャマを持ったまま硬直する俺の腕を掴むと、そのままテレビの前まで引きずっていく。
「貴明早うみせてや。なあ、どうやって倒したん?」
そうやって座り込んでしまうと、立っている俺からは可愛らしい胸とか、すべすべのお尻だとか、いろいろいけないところが丸見えな訳で。
「さんちゃーん!」
ようやく、こちらはバスタオルでちゃんと前を隠した珊瑚ちゃんが慌ててやってきた。
「見んな、あほー!!」
「ご、ゴメン」
怒鳴られてようやく気が付く。わざわざ珊瑚ちゃんのことを見続ける必要はどこにも無いんだ。
「さんちゃん、あかんよ、ちゃんとパジャマ着んと。貴明に裸見られるで」
いや、もうばっちり見ちゃったんだけどさ。
でもそう言うと、また瑠璃ちゃんに蹴飛ばされるし、言わないけど。
「? 別に見られてもかまわんよ? いっつも、ベッドの上とかお風呂とかで見られてるもん。貴明も毎晩うちの裸見とるのに、なんで恥ずかしがるん?」
いやまぁそうなんだけどさ。でも、お風呂とかベッドとかで見るのとリビングで見るのじゃ、同じ裸でも別の裸なわけで、落ち着かないというか。
「そ、そや、さんちゃん、裸でおると風邪引くで。湯冷めする前にパジャマ着て」
「え〜、でも〜」
ど、どうしてそこで不満そうな声をあげるかな。
「どうせすぐ脱ぐんやし」
「女の子がそう言うこと言っちゃいけません!」
耳を塞ぎたくなってきた。
それは一体どういう意味ですか珊瑚ちゃん。最近、恥じらいというものが少なくなってしまっていないか? 俺か? 俺のせいなのか!? 元からという気もしないでもないけど。
ううっ、昨日の夜のことを思い出して・・・・・・いけない想像を。
「あっ、そやー」
嬉しそうな声をあげる珊瑚ちゃん。何か良いことを思いついたらしい。
それが俺にとっても良いかどうかは、保障の限りではないけれど。
むしろ今までの経験から言うと、珊瑚ちゃんが嬉しそうに声を上げると決まって何かひどい目にあうような。
覚悟だけは、決めていたほうが良いかもしれない。
「なあ貴明」
俺には何も聞こえないし何も見てないし触ってもいない。さあ、来るなら来い!
「うちが風邪引かんようあっためてやー」
襲い掛かってくる柔らかい感触。目を瞑っていたことがかえって仇になった。
胸に当たるツンっとした感触や、太ももに触れるムニっとした心地が、目を明けているよりも余計に感じられて。
ぷちんぷちんとシャツのボタンが外されていく音まで聞こえてきそう。
「って、なんで俺のシャツ、ボタンはずしてるの!?」
「だって、シャツごしより直接貴明と抱き合ったほうがあったかいやん。雪山で遭難した人だって、裸になって抱き合うんやで」
それは合ってるかもしれないけど、どこか間違ってるよ珊瑚ちゃん。
俺が何の抵抗もできないまま硬直しているうちに、どんどんボタンははずされて行く。
珊瑚ちゃんは猫のように、俺にほお擦りしたりして甘えてくるんだけど。でもボタンをはずす手には全くよどみが無い。
イルファさんの薫陶は、珊瑚ちゃんの中でしっかり生きているようだ。
ああ、もうボタンは全部はずされて、残るのは最終防衛ライン、ズボンのベルトのみ。しかもそれも陥落寸前であります隊長。
「た、助けて」
思わず瑠璃ちゃんに助けを求めるけど、だめだ。瑠璃ちゃん、顔を真っ赤にしてうつむいてしまってる。とても俺から珊瑚ちゃんを引き剥がせそうには無い。
藁にもすがる思いで、反対側に振り向く。そこには姫百合家最後の良心、イルファさんが。
「い、イルファさん?」
しかし床に押し倒される俺の目に映るのは、救いの女神の姿ではなく。はらりと、まるで羽毛のように床に落ちるバスタオル。
苦労して上げた視線の先には、ああ。
「貴明さん。どうも私も、湯冷めしてしまったようなんです」
そこから先は、言わなくてもおわかりですよね? とその目が言っていた。わかりたくないんだけど、わかってしまった。
「いや、やめて、堪忍して、お婿にいけなくなっちゃうぅぅぅ」
新たな敵の出現に、必死の抵抗を続けていた最終防衛ラインもあっさりと破られた。あとはパンツを巡って、絶望的な抵抗を続けるだけ。無条件降伏を受け入れるのも時間の問題だろう。
「貴明、安心してや」
「な、何を?」
「貴明お婿さんに行けんでも、ウチが貰ったるからな」
「珊瑚様いけません。貴明さんは、私が旦那様として
「あ、あかんー!!」
それまでこちらを眺めるだけだった瑠璃ちゃんが、突然大声をだした。
その声に唖然として、珊瑚ちゃんとイルファさん、二人の動きが止まった。今の隙に途中まで下げられたパンツを上げようともがくんだけど、しっかりとパンツを握り締めたイルファさんの指がなかなかそうさせてくれない。
「わかっとるよ瑠璃ちゃん。瑠璃ちゃんも貴明のこと欲しいもんな」
「ちゃ、ちゃうもん。ウチそんなこと、ぜんぜんこれっぽっちも思っとらへんもん!」
「それでは、瑠璃様は貴明さんのことをいらないとおっしゃいますし、私と珊瑚様の二人だけで貴明様のことは分けてしまいましょうか」
既に俺個人の意思とか人権とかは考慮してもらえないらしい。
俺の胸板に、珊瑚ちゃんの柔らかいほっぺたとかイルファさんの柔らかい胸とか、太ももとか腕とかお腹とか。
お風呂で体を洗いっこするのとはまた違う、こ、この世にこんな凄まじい押しくらまんじゅうがあったのか!?
「押しくらまんじゅうと違うよ。これは貴明にウチの体あっためてもらっとるだけやもん」
全身から抵抗する元気がどんどん失せていってしまう感じだ。パンツを必死になってホールドする腕からも、徐々に力が抜けていって。
「うううぅ〜・・・・・・」
そんな腑抜けた俺を現実に戻してくれたのは、今にも泣き出しそうな顔でこちらを睨みつけてくる瑠璃ちゃんだった。
そうだ、俺には瑠璃ちゃんがいた。
「う、う、ううううぅぅぅ・・・・・・っ」
そうだ、瑠璃ちゃん、その調子だ。もっと怒って! それで、いつものように俺のことを蹴飛ばして、意識を刈り取ってくれ!!
そしてついに、瑠璃ちゃんは体に巻いていたバスタオルを掴むと、まるでマントを脱ぐように勢い良くそれを投げ捨てる。
わー、瑠璃ちゃん男らしー。
「瑠璃ちゃん、大胆やなぁ」
全身くまなく、見せ付けるように晒した瑠璃ちゃんは、うなり声を上げながら俺たちの方へ向かってくる。なんだかこう、怪獣映画で使用されるような効果音が聞こえたような。
「えーっと、瑠璃ちゃん?」
「さ、寒いから仕方なくやってるだけやもん」
流石に自分でもその言い訳には無理があると考えているみたいで。
俺の体に覆いかぶさったまま、こっちの顔を睨みつけてくる。
「もう、瑠璃様ったらそんなことを言いながら、一番よい場所をお取りになってしまうんですから。ですが、例え瑠璃様といえどこちらは譲れませんよ」
イルファさんの、パンツを握る手に力が篭る。る、瑠璃ちゃんのお陰で、有耶無耶にできたと思ってたのに。
「貴明ー、無駄な抵抗続けるのは男らしくないでー」
珊瑚ちゃんのほお擦り攻撃も再開された。今度のターゲットは俺の腕らしい。
瑠璃ちゃんは瑠璃ちゃんで俺のことを締め付ける腕に力が入る。地味なようでこれが一番強力だ。なんと言っても、胸や腕どころか、瑠璃ちゃんの全身が俺の体に密着するんだから。
いつの間にポーズが解除されたのか。テレビの中では、さっき中断したゲームが再開されていた。
誰にもコントロールされないまま、モンスターの餌食になるキャラクター。複数のゾンビに圧し掛かられてやられていく様に、妙な共感を覚えてしまう俺だった。
ああ、とうとうパンツが。
終