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スーパーの入り口をくぐると、もう迷いもせずインスタント食品のコーナーに向かう。一人暮らしもこれだけ長くなると、今更カップラーメンがどこに並んでいるかで迷うこともない。
まあ、栄養が偏るって言うタマ姉やこのみの言っていることもわかるんだけど。
と言うわけで、今日は栄養のバランスを考えて、この野菜たっぷり塩ラーメンと言うのを買ってみよう。野菜たっぷりというくらいなんだから、きっと栄養のバランスも良いにちがいない。ビタミンCとか。
やっぱり、毎日自炊は面倒だし。
新商品や気に入っているやつなんかを、目に付くたびにかごの中に入れていく。
これだけあれば、しばらく餓死の心配はないだろう。
帰り道。
いつものスーパーで今日の晩御飯のタネを買って帰る。色とりどりの野菜や、たくさんのスパイス瓶を横目にカップラーメンを買うというのは、正直侘しい気がしないでもない。
そりゃ、俺だって一人で寂しくカップラーメンをすするよりは、誰かと一緒に楽しく夕食を囲んだほうが楽しいことくらい知っているんだけど。
「そう毎日毎日、瑠璃ちゃんやイルファさんのご厄介にばかりなるわけにも行かないし」
ただでさえ、週末には姫百合家に入り浸っている状態が続いているんだ。いくら珊瑚ちゃんがお金持ちだって言ったって、そう毎日お世話にばかりなるわけにはいかないし。せめて普段の炊事洗濯くらい自分一人でやって見せなきゃ、珊瑚ちゃんたちを心配させてしまう。
まあ、それで夕飯がカップラーメンだということには、目を瞑ってもらうとして。
しかし、こうやってあらためて見てみると色んな野菜があるもんだと思う。定番のジャガイモ、ニンジン、玉ねぎと来て、えーと、パプリカに、タンポポまで売ってるのか。どうやって食べるんだ、これ?
スイカは果物じゃなくて、野菜だよなぁ。カリフラワーとブロッコリーって、どっちがカリフラワーでどっちがブロッコリーだっけ。
「貴明さん? 貴明さんもお買い物ですか?」
カリフラワーとブロッコリーを見比べて首を捻っていると、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
「イルファさん?」
イルファさんも買い物の最中だったみたいだ。手に提げた買い物籠の中には、きっと今日の夕御飯の材料なんだろう。いろいろな食材が入っている。
「熱心にご覧になられていましたけど、貴明さん、今日は何になさるんですか?」
「え、いや、俺は」
まさかまたカップラーメンだとは言いづらい。ただでさえイルファさんには、毎日の食生活のことで注意を受けているんだ。ここでカップラーメンを買っていることがバレでもしたら、本気で珊瑚ちゃんの家まで、御飯を食べに連行されかねない。
「て、適当に、材料でも考えながら」
苦しい言い訳だけれど、幸いイルファさんは俺の足元に隠した、ラーメンの満載された籠には気が付かずにいてくれたようだ。
後はこの隙にここから離れて、イルファさんが帰ってからゆっくり買いなおせば良い。
「イルファさんこそ、今日は何をつくるの?」
「はい、私も実は決まっていなくて。瑠璃様や珊瑚様に喜んでいただける物をお出ししたいのですが、お二人とも何でも良いとおっしゃるばかりで。だからと言ってお二人の好きな物ばかりを作っていたのでは偏りができますし、それに、お野菜も最近値段が高くなってしまって」
頬に手をあて、悩むイルファさん。
そんなイルファさんはまるで
「まるで二人のお母さんみたいだね。うん、きっと良い主婦になれるよ」
「も、もう貴明さん。からかわないでください」
顔を赤くして、怒るイルファさん。慌てて謝ったけど、笑いながらじゃやっぱり許してくれないみたいだ。
「ごめんごめん、でも、主婦の人みたいだって思ったのは本当だよ。イルファさん、すごくしっかりしてるし。だから瑠璃ちゃんだって、家のことイルファさんに任せてるんだと思うよ」
「もう。ほめてくださるのでしたら、もっと他の言い方をしてくださればよかったのに」
ようやく、機嫌を直してくれたみたいだ。
「その、例えば・・・良い奥さん、ですとか・・・・・・」
「お詫びと言ったらなんだけどさ、そのか・・・イルファさん、どうかしたの?」
「い、いえ、何も。貴明さんこそ、何か言いかけていたようですけど」
怒っている訳じゃ無さそうだけど、でもどこか様子がおかしいイルファさん。ちょっとからかい過ぎたか?
「あ、うん。籠、重たくない? 代わりに持つけど」
「そう、ですか? それではお言葉に甘えて、持っていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろん。いつもイルファさんにはお世話になっているんだから、もっと甘えてくれたって良いくらいだよ」
「もう。そんなことをおっしゃいますと、私、本気にしてしまいますよ?」
互いに笑いあいながら、俺はイルファさんから籠を受け取る。
最近、こうやってイルファさんも俺を頼ってくれるようになってきた。
メイドロボだからって、全部自分でこなそうとしていたイルファさん。でも、やっぱり俺にとってイルファさんは家族みたいなものなんだから、手伝えることは手伝いたいし。イルファさんの方から頼られるとすごく嬉しい。
イルファさんも、喜んでくれてるだろうか。
「ですが、貴明さん。貴明さんのお買い物はよろしいのですか?」
「ああ、うん。俺の買い物なんて、どうぜカッ
プラーメンと言いそうになって慌てて口を塞ぐ。だから俺は、イルファさんから今日の晩御飯の内容をごまかさなきゃいけないって言うのに。
「かっ、簡単な物しか買わないし」
「では、先ほど籠の中に沢山はいってました材料は」
拙い、見られてた。幸い中身までは気付かれて無かったみたいだけれど。
イルファさんの表情がどんどん曇っていく。
視線の先には、カップラーメンが山のように入っている買い物籠。隙を見て試食コーナーの脇にそれとなく移動させていたのに。
「貴明さん」
溜息混じりに名前をよばれてしまうと、本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。
イルファさんや瑠璃ちゃんが、本当に俺の健康のこと気遣ってくれていることはわかっているんだ。わかってはいるんだけど、どうしても面倒くさくなっちゃって。
「わかりました。何度言いましてもわかってくださらない貴明さんには、やはり実力を行使させていただく必要があるようです」
なんだか怖いイルファさん。
おもむろに携帯電話を取り出すと、どこかへ電話を。
「あ、珊瑚様ですか。はい、いえ、いまスーパーで貴明さんと」
電話の先は珊瑚ちゃんのようだ。野菜の棚と精肉コーナーの間に立って、イルファさんは真剣な面持ちで珊瑚ちゃんと電話で話している。
逃げ出しちゃ、さすがにまずいよなぁ。
「では。はい。はい、頑張らせていただきます」
終わったみたいだ。
「それでは貴明さん、参りましょうか」
「ま、参るって、どこに?」
ああ、イルファさんの、何かを企んでる笑顔だ。
そういえば確か、あの時、俺を裸に剥いた時のイルファさんもこんな笑顔をしてた。
「もちろん、貴明さんのお家にです。今夜の貴明さんのお夕食は、私がつくらせていただきます」
思わず、スーパーの中だって言うのに大声を上げてしまった。周囲からは注目を受けるし警備員には睨まれるし、慌てて口を押さえたんだけれど。
「で、でもイルファさん、珊瑚ちゃんたちのご飯の買い物に来てたんじゃ。それで俺の家にご飯つくりに行っちゃ、まずいんじゃないの?」
「いえ、珊瑚様と瑠璃様のお許しは今いただきましたので。それに珊瑚様から、自分たちの分まで貴明さんにお食事を作ってあげて欲しいと言っていただきましたから」
だから貴明さんは、今日は何を食べたいですか? と言われても。
こうやってお世話になるのが申し訳なくて、一緒に住むのだって断り続けていたのに。
「貴明さん」
真剣な表情で、名前を呼ばれる。
「は、はい」
「貴明さんが、珊瑚様、瑠璃様や私たちに迷惑をかけたくない、一人で頑張りたいというお気持ちは良くわかります。ですが、私たちだって貴明さんのことを心配しているのですよ? 一緒に生活するのが嫌だとおっしゃるのならせめて、たまにお食事をつくることぐらいさせてください」
真っ直ぐにこっちの目を見て、イルファさんにそう言われてしまった。
ああ、馬鹿だな、俺って。結局こうやって、みんなに心配させちゃってるんだから。
「じゃあ、お願いしようかな。いや、お願いしたいな、イルファさん。俺、イルファさんの作ったご飯が食べたいよ」
「はい、ぜひ。喜んで」
イルファさんは満足そうに微笑むと、頷いてくれた。
と、
「い、イルファさん!?」
「はい。それでは晩御飯のメニューは何にしましょうか」
籠を持つ腕とは逆の腕を取ると、しっかりと腕を組んでスーパーの中を俺を連れて歩くイルファさん。
家の中でならともかく、こんな人の大勢いるような場所で、しかも夕食の買い物のためのスーパーで。周囲の視線が全部こっちに集まっているような気がするんだけど、イルファさんの方ではそんなことは全く気にならないみたいだ。
それどころかこっちに体を寄せてくると、嬉しそうに商品の棚を覗いていく。
まあ、良いか。これくらい、ご飯をつくってくれるお礼だと思えば安いもんだ。
それにこんな嬉しそうな顔のイルファさんを見られるんなら、少しくらい恥ずかしい思いをしたってお釣りがくる。
俺の持つ籠の中にジャガイモと、ニンジンと、お肉と、白滝を入れて。今日の晩御飯は肉じゃがだそうだ。
「お邪魔いたします」
「そんなに遠慮しなくてもいいよ。ほら、入って入って」
イルファさんはクスクスと笑い声をあげながら、リビングの方に入って行く。
結局、スーパーから家に着くまで、ずっと腕は組んだままだった。もう途中から俺も周りの注目とかが気にならなくなって、素直にイルファさんと家に帰れることを楽しんでいられた。
「それではすぐに作ってしまいますので、少々お待ちくださいね」
「あ、何か手伝おうか?」
「そうですか?」
それでは・・・・・・とイルファさんは家のキッチンを見渡して
「それでは、お米をといでいただいてもよろしいですか?」
と言った。
「それぐらいお安い御用だよ」
俺がお米をとぐ横で、イルファさんはスーパーで買ってきたものを袋から出す。
「あの、貴明さん。包丁はどちらに」
「あ、そこの扉開けて、うん、そこ」
イルファさんの使う包丁の音がリビングまで響いてくる。他にも何か手伝うことが無いか聞いてみたんだけど「後は私に任せてください。きっと貴明さんを満足させられる肉じゃがを作ってみせますので」と言われてキッチンを追い出されてしまった。
エプロンをしてキッチンに向かうイルファさんはなんだかとてもウキウキした様子で。たまに鼻歌まで聞こえてくる。
これは邪魔しちゃむしろ悪いかな。
そう思ってソファに座って本でも読みながら待っていたんだけど、どうも中の様子がおかしい。
さっきまでイルファさんの忙しく動く音が聞こえてきていたのに、それが止んでしまっている。
「イルファさん、どうかした?」
キッチンの中を覗いてみると、イルファさんが棚を覗いてしゃがみこんでいた。
「あ、はい、それが・・・・・・」
なんだか言いにくそうにイルファさんは、棚の奥から空になったボトルを取り出して。
「お醤油が、無いんです」
そういえばこの間、野菜炒めを作るときに使って無くなったんだっけ。
「じゃ、ちょっと行って買ってくるよ」
「あ、それなら私が」
「いいって。それにイルファさんは、そっちのお鍋の方を見ててよ。期待してるからさ」
そう言うとイルファさんは、顔を赤くして黙ってしまった。
「それじゃあ行ってくるよ。あ、醤油の他になにか買ってくる物ってある?」
「それでは、他にみりんと、お砂糖も」
いそいでさっき行ったスーパーまで走って行く。
しかし調味料関係がほとんど無いなんて、普段料理してないことがバレバレだな。
買うものはすぐに見つかった。どうせ自分じゃそんなに料理なんてしないんだし、一番小さいパックで良いだろう。
そんなことよりも、イルファさんが家で待っている。早く、帰ってあげないと。
「あら、タカくんもお買い物?」
そう思ってスーパーから出ると、後ろから良く知った声に呼び止められた。
「感心感心。カップラーメンばかりじゃなくて、ちゃんと自分で料理しているようね」
「あ、春夏さん。どうも。春夏さんもお買い物ですか?」
「うん、まあね。うちには良く食べるのが二人もいるものだから、お買い物も大変よ」
そう言う春夏さんのビニール袋には、確かに、このみのやつ一体どれだけ量を食べてるんだと思うような量の食材が入っている。
「ところでタカくん」
と、急に声を潜める春夏さん。
「さっき、タカくん、女の人と手を組んで買い物してなかった?」
ああ、イルファさんと歩いてたの見てたんだ。まあ、この時間にこのあたりを歩いてたら、見られてても不思議はないけど。
イルファさんのことを説明すると、このみから噂でも聞いていたんだろう。わりとあっさり納得してくれた。
「それで、俺の晩御飯作ってくれるっていうから、一緒に買い物してたんだけど」
「ふーん、そうなんだ。タカくんが自分で料理するために、そのお醤油も買ったわけじゃないのね?」
あ、そうだ。
「そう言うわけで俺、早くもどらなきゃいけないから。イルファさんが待ってるし。それじゃあ、春夏さん」
「はいはい。早くタカくんの帰りを待つ彼女のところへ帰ってあげなさい。それじゃあ、頑張るのよ」
春夏さんの良くわからない励ましの言葉を後ろにしながら、俺は息を切ってイルファさんのいる家に帰る。
遅れてしまった分、少しでも早く帰ってあげないと。きっとイルファさん、待ちくたびれてしまってるだろう。
見慣れた屋根が見えてきた。玄関を開けると、野菜を煮る香りと、イルファさんの歌声。
「ただいま、イルファさん」
「お帰りなさい、貴明さん」
終