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薄く湯気の漂うお風呂場で、全身を延ばして、肩までお湯に浸かる。
それまでの疲れが全部取れるような快感に、日本人に生まれて本当に良かったと思うね。
珊瑚ちゃんの家のお風呂は特に広いし、湯船に寝そべったってまだ余裕がある。
「はぁー」
思わず声が漏れた。
珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんはもう眠ってしまって、聞こえてくる物といえば天井から落ちてくる水滴の音くらい。イルファさんがまだ起きていて、洗濯物の片付けなんかをやっているはずだけど。きっと寝ている二人に気を遣っているのか、家の中は驚くほど静かだ。
ずるずると、湯船の中に沈んでいく。
疲れた。
一日の疲労が、お風呂に入ってドッと出たみたいな気分だ。全身から力を抜いて、ぷかぷかと浮力に身を任せてみる。
ん〜、最高に幸せな気分だ。
いっそこのまま寝てしまったら気持ちが良いだろうなぁ。でも風邪引くだろうなぁ。イルファさんや瑠璃ちゃんにも怒られるだろうし。
頭ではそう考えるんだけど、体のほうがなかなかこの誘惑に勝とうとしてくれない。
お湯の中に浮かんだまま、ぼーっと天井を眺め続ける。
そろそろ思考にまで湯気がかかってきて、まぶたがだんだんと閉じ始めてきたころ。
お風呂場の扉が開いて、一瞬湯気がはれる。
「あら? 貴明さん、入られていたんですか」
タオルで前を隠したイルファさんが、驚いた顔でこちらを見ていた。
「あー、うん。イルファさんも、これから?」
「あ、はい。ですが、貴明さんが入られていたのなら、後にしますが」
「いいよいいよ、そんなに気を使わなくても。それにそんなことすると、風邪引いちゃうよ」
イルファさんはクスクスと笑い声をあげると、それではお言葉に甘えまして、と言って浴槽に歩いてくる。
浴室に響くイルファさんの素足の音。洗面器にお湯をとると、体に被っていく。流石に恥ずかしいのか、俺からは後ろを向いて。ゆっくりと体をお湯の中に沈めていくと、小さく波ができた。
俺とイルファさん、それに珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんとも一緒に入れるお風呂だ。二人くらい余裕で浸かれる。やっぱりお風呂は大きい方が良いよなぁ。
いや、別に俺が作ったわけじゃないけどさ。
「ですが貴明さんが入ってらしたとは思いませんでした。てっきり、瑠璃様たちとお休みになられていたのかと」
イルファさんが入るのは浴槽の向かい側。頭の上に畳んだタオルを乗せているのがなんとも可愛らしい。どこでこんなこと覚えたんだろう?
「そう? 別にイルファさんを驚かせるつもりはなかったんだけど」
「脱衣かごの中にも、お洋服は入っておりませんでしたし。私、また珊瑚様が明かりを点けっぱなしにしてしまわれたのかと思って、明日どうやって注意しようか考えていたところだったんですから」
そりゃ、珊瑚ちゃんも無実が証明されて良かった。
でも俺、じゃあ脱いだ服どこやったっけ? ああ、そうだ、そのまま洗濯機の中に・・・・・・
「もう、いつも脱いだお洋服は脱衣かごの中に入れてくださいと言ってますのに。後で色物を分けたりするのも大変なんですよ」
怒られてしまった。面目ない。
「貴明さんは、もう体は洗ったんですか?」
「いや、まだだけど。でももうちょっと浸かっていたいし、イルファさん先に洗っててくれていいよ」
「そうですか?」
メイドロボでものぼせたりするんだろうか? お湯から上がったイルファさんは、全身がほんのり赤く染まっていて。普段が日焼け一つない肌、まあ当然だけど、な物だから、余計体温の上がったその様子に目を引かれてしまう。
「ですが貴明さんこそ、そんなに長くお風呂に入っていて大丈夫ですか? のぼせてしまわれるのでは」
「うーん」
自分ではそんなに長く入っている気はしてないんだけどな。確かに頭がぼぉっとするけど、これくらいはお風呂に入ってたら当然だし。
「大丈夫だと思うけど。それに、なかなかこの、気持ちよくてお湯から出たくないと言うか」
「まあ。貴明さん、まるでお年寄りの方みたいですよ」
と言われてもなぁ。イルファさんも、そこまで笑わなくったって良いじゃないか。
床に跳ねるシャワーの音が、お風呂中に響く。
髪を洗う時はイルファさん、耳飾は外すらしい。普段見ることのないイルファさんの耳が顕わになって、シャンプー混じりのお湯が耳たぶを伝って落ちていく。
そこだけじゃない。イルファさんの背中や、うなじなんかにも、同じくシャワーのお湯は流れていって。
なんと言うか、色っぽいなぁなんて。
他にすることもないから見ていた天井の代わりに、シャワーを使うイルファさんを眺めていた。
「もう、貴明さん。じっとこちらを見て。どこをご覧になられていたんですか?」
シャワーを止めると、俺の視線に気が付いたんだろうか。
いや、そんな見ていたと言うか。そんないやらしいことじゃなくて
「では今度は、貴明さんの番ですね」
「俺の?」
そう聞き返すと、イルファさんはそれには答えずスポンジを泡立てる。手にそのスポンジを持ったまま、イスを目の前に持ってくると、にっこりと微笑んで。
「どうぞ、今度は貴明さんが洗う番ですよ。洗って差し上げますから、どうぞ座ってください」
「いや、別にそこまでしてくれなくても、良いよ。もうちょっと浸かってから、自分で洗うから」
「お風呂が気持ち良いのはわかりますが、貴明さん、このままでは本当にのぼせてしまいますよ? かなり顔も赤くなっていますし」
そう、なのかな? そう言われてみれば、少し、頭がふらふらするような、しないような。
「はい。ですからさあ、こちらにいらしてください」
そう言って手を差し伸べてくるイルファさんに釣られるように、浴槽から立ち上がる。
イルファさん、前、見えてるよ。
「ここはお風呂なんですから、裸でいるのは当然です」
そう言う意味じゃないような・・・・・・まあ、いいか。
ふらふらと歩きながら、イスに座る。イルファさんお言うとおり、少しのぼせ気味みたいだ。
「では、いきますよ」
背中のほう、耳元からイルファさんの楽しそうな声が聞こえてくる。
なんだか変に遠くから聞こえてくるなぁなんて首を傾げていると、背中に泡立ったスポンジの触れる感触が。
ごしごしと、イルファさんが俺の背中を洗ってくれる。強すぎず弱すぎず、ちょうど良い力加減で背中をこすられて。あー、気持ち良い。
「貴明さんの背中、大きいです」
「そうかな?」
「はい、瑠璃様や珊瑚様と比べるとやはり大きいですし、逞しくて、素敵です」
そう──かな? まあ確かに、瑠璃ちゃんたちと比べれば・・・・・・
そのままイルファさんになされるがまま、背中の次は腕を取られて、スポンジがこすり付けられていく。
このままずっと、こうしていられたら幸せだろうなぁ・・・・・・
気持ちが良すぎて、なんだか、視界がどんどん、遠くなって。
「貴明さん。それでは次は前を洗いますのでこちらを向いてください」
イルファさんが俺の名前を呼んで、何かを言っているみたいだ。でもどこか遠くから聞こえてくるみたいで、何て言っているんだか良く、聞き取れない。
でもその声がとっても楽しそうだってことはわかって、それなら、まあ、いいや。
「た、貴明さん!?」
電池の切れた人形みたいにそのまま後ろに倒れていくと、柔らかい物が俺の体を受け止めてくれた。
触れたイルファさんの肌は冷たくて、火照った俺の体にはすごく心地良い。柔らかいイルファさんの体に抱かれて、幸せな気分で天井を見上げる。
「貴明さん、大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」
イルファさんが俺の顔を覗きこんで何かを喋っている。でもだんだんとあたりが暗くなっていって、イルファさんの顔も天井も、何も見えなくなっていって。
でも、まあ良いや。こんなにも気持ちが良いんだから。ああ、やっぱりお風呂って最高だな・・・・・・
終