向坂家のお風呂は広い。イルファの住む、姫百合珊瑚のマンションもイルファに珊瑚、それに愛する瑠璃様貴明さん4人が同時に入ったって、体を動かす余裕があるくらい広いけれど。
 総檜造の向坂家のお風呂は、そんな珊瑚のマンションですら霞むほど、広くて立派だ。
 そんな庶民離れしたお風呂の中にいるのは、姫百合家のメイドロボのイルファと。両親のいない今現在、実質向坂家をとりまとめている向坂環
 数日前から、向坂家に泊まりこみのロケテストに来ているイルファ。環とは妙に気が合うのか。それとも環が彼女のことを気に入ったのか。
 こうやって、ふたりで一緒にお風呂に入っては家事のことや、学校での生活など、女同士で他愛のない世間話に花を咲かせる。


「悪いわね、雄二の相手だけでも大変なのに、背中まで流してもらっちゃって」


「いえ。お二人をお世話するためにこちらにお邪魔をしているのですから、これくらいは当然です。それに、環様にはいろいろ教えていただいたりしていますから。せめてものお礼です」


「そう? ん〜、気持ち良い」


 イルファに背中を流してもらって、環は体を震わせる。
 そういえば誰かに背中を洗ってもらうなんて、いつ振りのことだろう。


「お湯を流しますね」


 お湯を、背中に掛けられる。ボディーソープの泡が綺麗に流されて、大きく体を伸ばす。
 こんなに気持ちが良くて、もうちょっとやっていてもらいたいくらいだ。


「ありがとう、イルファ。背中流すの上手ね」


「あ、ありがとうございます」


 環に褒められたことが嬉しかったのか、イルファの表情も明るくなる。


「家では、あの双子の子たちのことも洗ってあげているの? こんなに気持ちいいんだから二人とも喜ぶでしょ」


「それが珊瑚様はとても喜んでくださるのですが、瑠璃様も貴明さんも、恥ずかしがってなかなかお背中を流させてくださらなくて。瑠璃様のこと、背中だけとは言わず体の隅々だって洗って差し上げますのに」


「さすがにそこまでしちゃ、恥ずかしがって当然よ。いくら女同士だからって・・・ん?」


「私と瑠璃様の仲なんですから、そんな恥ずかしがらなくてもけっこうですのに・・・なかなか思い通りにはなりません、はぁ・・・」


 なかなか素直になってくれない瑠璃のことを思い出して、溜息をつくイルファ。一度実際にさせてもらえれば、間違いなく喜んでもらえる自信があるのに。
 そうやって一人悩むイルファを背にして、環もまた悩むことになる。イルファのいい間違いか、それとも自分の聞き違いか。
 でもそのどちらかにしては、イルファの声ははっきりと明瞭に自分の耳に届いてしまったし。


「ちょ、ちょっとイルファ。なんでそこでタカ坊の名前が出てくるのよ」


「・・・・・・え?」


 思わず確認せずにはいられない環。けれどイルファから返ってきた反応は、驚きでも焦りでもなく、何かおかしい部分がありますか? なんて小首を傾げて。
 何か変なことを言ったでしょうか。私が貴明さんのことをご存知だったことに驚かれたのでしょうか? ですが先ほどからも、何度も貴明さんのお名前は出していましたし。


「貴明さんが、どうかなさいましたか?」


「だから、なんで姫百合さんの、しかも背中を流す話をしている中にタカ坊の名前が出てくるの」


「と、申されましても・・・・・・」


 こうイルファに不思議そうな顔をされたのでは、まるで自分の方が間違っている。そんな気分になってくる。
 だんだん自信もなくなってきた。
 まるでタカ坊が、イルファに背中を流させているように聞こえたけれど。きっとたぶんそれは聞き間違いで、タカ坊がよく姫百合さんの家にお邪魔しているとか、そう言う話に違いない。
 まったくタカ坊ったら、女性しかいない家に平気で上がりこむなんて。一度しっかりと言って聞かせないとだめかしら。
 けれどイルファの返答は、あっさりと環の回答を否定するようなもので。


「あ、貴明さんも、気持ち良いと言ってくださいますよ。貴明さんの背中、瑠璃様や珊瑚様と比べるとやはり大きくて、それに逞しいですし。その分やり甲斐があると言うか。ですが最初のうちは、私も力の加減がよくわからなくて。瑠璃様にして差し上げるように背中をこすると、貴明さんったら変な声を上げるんです。『くすぐったいよイルファさん』なんて」

 
 イルファがそうやって楽しそうに、貴明の背中を流す様子を話してくれるのは結構なのだが。環としてはとても楽しく聞き流すような気持ちにはなれなくて。
 第一イルファは、例えメイドロボとは言え曲がりなりにも女性が、男性とお風呂を一緒に入ることを問題とは思わないのか。雄二のことを例に出すまでもなく、イルファは十分に女性として周囲からは見られていると言うのに。


「それは、確かにそうなのですが。でも、その、た、貴明さんでしたら私も恥ずかしくない─いえ、恥ずかしいのを我慢できるというか。貴明さんには既に一度、見られてしまったことがありますし、お背中を流している最中は、貴明さんも前を向いていらっしゃいますから」


 けれど結局は、後ろを向いたとき見られるのよね? とはわざわざ聞かない。
 いっそ、人間に奉仕するのはメイドロボの役目です。くらいに答えてくれていた方がよほど気が楽だった。
 それをわざわざ、顔を赤らめてまで報告して。もしかしてイルファ、わざと言っているのかしら。
 それで何の得があるのかは、さっぱりわからないけれど。


「で、イルファは今までに何度くらい、タカ坊と一緒にお風呂に入っているわけ?」


「そう、ですね。5,6回ほどでしょうか。瑠璃様たちと4人で入った回数を含めれば、もう少し増えますが」


「ああ、そう」


 聞かなきゃよかった。
 ああ、タカ坊にはどうやってお仕置きすればいいだろう。その時、ちゃんと理由も教えてあげるべきなのかしら。
 お風呂さえ広くなければ、タカ坊もそんな目に合わずに済んだのにって。





   終