■
珊瑚と瑠璃、二人の後ろから歩いていたイルファが、ふとそのショーウィンドーの前で立ち止まった。
何か目が離せない物が飾ってあるのか、ガラスの中をじっと見つめるイルファ。
イルファが付いて来ていないことに瑠璃が気が付いて声を掛けるまで、ずっとその場でたったままその中を見つめていた。
「イルファ、なにしてるん」
「あ、はい、申し訳ありませ──」
「貴明もー、あんまりゆっくりしとったら、おいてくでー」
「そんなこと言われても、こんなに荷物持ってたら・・・・・・」
そのイルファの後ろから、両手両腕一杯に荷物を抱えた貴明が危なげについて来る。
「貴明さん。あの、やはり私もお荷物を持つのお手伝いした方が」
「イルファー、手伝わんでもええよ。女の買い物の荷物持ちするくらい、男の甲斐性のうちやで」
「って、タマ姉ちゃんが言っとったー」
「そ、それにや。貴明ふだんから無駄飯ばっかり食べてるんやから、こんな時くらい働いて当然や」
そんな瑠璃に、貴明は荷物の隙間から苦笑を返す。
「俺は大丈夫だからさ。3人の後からゆっくり付いていくから」
「で、ですが」
「それに瑠璃ちゃんの言うとおり、こんな時くらい男らしいところ見せておかないと」
笑顔でそんなことを言われてしまったのでは、イルファもそれ以上無理に荷物を持つとは言えなくなってしまう。
「あまり、ご無理はなさらないでくださいね」
貴明は『わかってる』とでも言うように荷物を持ち上げて見せた。
ただ、イルファの前ではそんな風に格好を付けてはいたのだけれど。実際のところとしては、そろそろ腕の方も限界が近づいてきそうだ。
幸い3人とも前を向いておしゃべりをしているし、一息つくつもりでその場で立ち止まった。
それは、さっきイルファが立ち止まって、一生懸命に眺めていたショーウィンドーと同じ場所で。
ちょっとした好奇心で、貴明は、イルファが見ていたガラスの中の物を振り向いてみる。
「・・・・・・ああ」
ガラスの中に飾られている幾つかの中から、イルファが見ていたんだろう物を見つけてつぶやきの声を漏らす。
「貴明ー、本当に置いていってまうよー」
「あ、待ってよ、今行くから」
「なあ、最近貴明の様子、おかしいと思わん?」
「瑠璃ちゃんもそう思う? ちかごろちっとも一緒に帰ってくれへんし」
「イルファ、何か知っとる?」
ここ2ヶ月ほど、貴明さんの様子がどうにもおかしいような気がします。
今までなら学校が終われば、瑠璃様、珊瑚様と一緒にマンションまで帰っていましたのに、それが今では校門を出ればすぐにどこかへ行ってしまわれるとのこと。
せっかく学校がお休みになられても、朝早くからどこかへ出かけてしまいますし。
「いえ、私も聞いてみたのですがきちんとは教えてくださらなくて。どこかでアルバイトをしているとは、おっしゃっていましたが」
「アルバイトぉ?」
瑠璃様が素っ頓狂な声を上げて驚かれます。少しはしたないとは思うのですが、驚いたのは私も一緒でしたし。
何日か前、帰りが夜遅くになってしまった貴明さんを詰問したところ、ようやくそのことを教えてくださって。それでもなぜそのような事をなさっているのかまでは、はぐらかされてしまったのですが。
「貴明、うちでタダ飯食っとるくせに、何にそんなお金使うんや」
「あ、いえ、貴明さんからはちゃんと毎月の食費は戴いていますから」
「知っとる、そんなことくらい」と横を向いてしまう瑠璃様。ですが瑠璃様のおっしゃるとおり、貴明さんからは食費その他、一緒に生活する上での必要経費は戴いてはいますが。急に、お金が必要なことでも出来たのでしょうか。
「なんか欲しい物でもあるんかなー? 言ってくれれば、いくらでも買ったるのに」
「さ、珊瑚様、さすがにそれは・・・」
珊瑚様、なんで、と首を傾げられましても・・・その、それでは貴明さん、まるでヒモの方みたいです。流石に口に出しては言えませんが・・・・・・
ただでさえ貴明さん、私たちと一緒に生活していることをお悩みになっているというのに。そこでそんなことを珊瑚様に言われてしまっては、プライドをズタズタにされてしまって、ショックのあまり家に戻ってしまうかもしれません。
それは、いけません。
ですから、貴明さんが何かお金の必要な事情が出来たのでしたら、反対などは──あ、もちろん条件は付きますよ──いたしませんのに。一言、相談していただきたかったです。
「貴明なんかの為に、さんちゃんがそこまでしたる必要なんかない。欲しい物があれば、自分で買えばいいんや居候のくせに」
「じゃあ貴明の欲しい物って、何なんやろう。瑠璃ちゃんわかる?」
「う、うちがわかるわけ無いやろ!」
なんでうちが、貴明の欲しい物なんて知っとらんといけんの。そうおっしゃいます瑠璃様の口調は、少しだけ悔しそうで。きっと、自分の知らない貴明さんがいるということが悔しいのだと思います。
それは、私も、それに珊瑚様も一緒で。
「あのな、うち、タマ姉ちゃんに聞いてみたんや、貴明のこと。そしたらタマ姉ちゃん、貴明は絶対うちらのこと悲しませたりせえへんから、今は貴明のこと信じて待っといてあげて、って」
「環様は、貴明さんが何のためにアルバイトをしてらっしゃるのか、ご存知なのですか?」
特に、環様やこのみ様とお話をしているとそう感じてしまいます。
何ヶ月も貴明さんと一緒に暮らしていても、まだまだ貴明さんについて知らないことが多くて。けれどあのお二人は、子供の頃からの貴明さんを、ご存知ですから。
「うん、そうやねん。でも貴明、タマ姉ちゃんにはちゃんと教えてるのに、うちらにはちっとも教えてくれへんで」
珊瑚様の声は、だんだんと小さくなっていってしまいます。
「まさか貴明、誰か好きな女が出来たとか」
ポツリと瑠璃様が言ったその一言に、私は慌ててイスから立ち上がってしまいました。瑠璃様は、なんとなく思い浮かんだことが口にしてしまったのでしょうが、今の私には、それがまるで本当のことのように聞こえてしまって。
「た、貴明さんに限ってそんな」
慌てて否定してみても、胸の中に沸いてしまった物は晴れてはくれず。まるで、カーペットにこぼれたインクみたいに広がっていってしまったような。
きちんと考えれば、貴明さんがアルバイトをしていることと、どなたか好きな女性が出来たことが一緒になるはずはないのですが。
けれど、貴明さんが私たちに何もおっしゃってくださらないことが、私を不安にさせます。
「そ、そうやな。貴明みたいな甲斐性なしをかまってやるような奴が、うちらの他にいるわけないし。う、うちったら何変なこと言っとんのやろ」
瑠璃様もそんな雰囲気を感じたのでしょうか。笑って紛らわせようとするのですが、その声もすぐに消えてしまって。
何かを言おうとはするんです。でも、何を言えばこの不安な気持ちが消えてくれるのか、それが解らなくて。
「あ、あの」
そんな時でした、玄関のインターフォンが鳴ったのは。
「ただいまー。ゴメンゴメン、遅くなっちゃって」
玄関の扉の開く音。そして聞こえてくる、いつもと変わらない貴明さんの声。
「もうご飯たべちゃった? 連絡しようと思ったんだけど、なかなか手が放せなくて・・・さ・・・・・・?」
疲れた様子でリビングに入ってくる貴明さん。
いままでこんな話をしていたせいでしょうか。朝、学校にお出かけになる前にちゃんとお顔を見ているというのに、とても長い間お会いしていなかったような気がして。
けれど貴明さんのお顔を見たとたん、そんな気持ちが嘘のように晴れていって。
「貴明さん」
「え、えっと、なに? 遅くなっちゃったことなら、ごめん、心配させちゃった?」
私と、それに珊瑚様、瑠璃様の3人から見つめられて狼狽する貴明さん。でも、これくらいは当然です。私たちのことを不安にさせたのですから。
「貴明、うちらのこと嫌いになったん?」
「・・・・・・え?」
珊瑚様のその質問に、そんな返答をしどろもどろでするのが精一杯の貴明さん。
当然、珊瑚はそんな答えでは満足せず。ああ、目に涙を浮かべてしまって。
「さ、珊瑚ちゃん、な泣かないでお願いだから、ね? 俺が何かしたのなら謝るからさ」
「貴明いぃぃぃぃ」
瑠璃様が貴明さんを睨みつけます。
リビングはもう大混乱です。珊瑚様は泣き出しそうですし、瑠璃様は珊瑚様を泣かせた貴明さんに詰め寄って。
貴明さん、まるで助けを求めるように私の方を見るのですが。貴明さん、私だってちょっと怒っているんですよ。
「貴明さん、こちらに」
そう言ってイスを指すと、貴明さんまるで取調室の椅子に座るように恐る恐る座って。
相変わらず瑠璃様からは睨まれ、珊瑚様は、多少落ち着かれたようです。一生懸命、貴明さんのことを見て。
「貴明さん、今まで一体どちらに行かれていたのですか? いえ、今日こそはっきりとさせていただきましょう。何のために、アルバイトをなさっていらっしゃるのですか?」
いつもならこうお聞きすると、曖昧にごまかしていらした貴明さん。
ですが、私たちの気持ちが伝わったのでしょうか。
真剣な表情で私たちのことを見つめて。
「ごめん、俺がきちんと説明してないせいで、皆を困らせちゃって。こんなに真剣になってくれるなんて、思ってもいなくて」
そこまで言うと、貴明さんは少し考え込んで。
「あと1週間、1週間だけでいいんだ。このまま、アルバイト続けさせて欲しい。1週間後には、絶対に3人共に何をやっていたのか説明するから」
だから、お願い。そう言って頭を下げる貴明さん。
貴明さんのそのお願いに、私は何とお答えすれば良いのか混乱してしまって。それは、横に座る瑠璃様も一緒のようでした。
「なあ、貴明。本当に、あと1週間したら教えてくれるん?」
「ああ、本当に。約束する」
「じゃあ貴明、うちらのこと嫌いになったんとは違うの?」
「そんな、珊瑚ちゃんたちのこと、嫌いになんてなるはずないじゃないか! 大好きだよ、珊瑚ちゃんも、瑠璃ちゃんのことも、イルファさんも」
貴明さん・・・・・
珊瑚様も、貴明さんおっしゃったことに満足したのでしょうか。いつものような、明るい笑顔を浮かべて貴明さんに頷きます。
「解った。貴明がそう言うんやったら、あと1週間我慢する。瑠璃ちゃんもそれでええ?」
「ん、あ・・・さんちゃんがええんやったら、うちもそれでええ。貴明、あんたのワガママに付き合ってくれるさんちゃんに感謝しぃ」
「うん、解ってる。イルファさんも、良いかな?」
貴明さんが私のことを向きました。どこか困ったような、申し訳なさそうなお顔をして。
もちろん、お断りする理由は私にはありません。
「はい、わかりました」
きっと、笑顔でそうお答えできたと思っています。
次の日。お夕飯の買い物に商店街まで行った私は、少し足を伸ばして、貴明さんの働いているゲームセンターまで行ってみました。
こちらの場所をお伺いするまでにもひと悶着あったのですが。貴明さん、なぜか教えてくださることを恥ずかしがってしまって。最後にはアルバイトをしている理由を教えてくださらないのなら、せめて、ということでしぶしぶ教えてくださいましたが。
ゲームセンターの中は学校から帰る途中なのでしょうか、大勢の学生の方で賑わっていて。そんな学生の方たちの楽しげな話声やゲームの音楽のお陰でしょうか、思っていたよりもゲームセンターって、明るくて賑やかな場所のようです。
そういえば、ゲームセンターに来るのはこれが初めての経験です。データとしては知っていましたが、瑠璃様も珊瑚様もこういった場所にはあまりいらっしゃいませんし。貴明さんも、私をゲームセンターに連れてきてくださることはありませんでしたから。
・・・・・・今度、貴明さんに案内をお願いしてみましょう。その、世間では付き合っている男性の方と一緒に写真を撮ったり、ヌイグルミを取ってもらったりするそうですから。
そんなことを考えながらお店の奥の方に入っていくと、いらっしゃいました、貴明さんが。
貴明さんはお店の制服を着て、クレーンゲームの調整を行っているようでした。
私は邪魔をしないように少し離れたところから、そんな貴明さんの様子をみていたのですが。そんな気配を感じたのでしょうか。不思議そうに辺りを見回し、私が居ることに気が付くと大慌てでもう一度、周囲を伺いだして。
「い、イルファさん?」
私は貴明さんにお会いすることが出来ましたし、すぐに帰ろうとしたのですが。貴明さんは身振りで少しだけ待っていて欲しいとおっしゃってきて。
ご迷惑になってしまうことは解ってはいたのですが、結局、貴明さんのお言葉に甘えることにしました。
貴明さんをお待ちしていたのは、そう長い時間ではありませんでしたが──5分少々といったところでしょうか。ですがゲームセンターにメイドロボと言う取り合わせは非常に珍しいらしく、辺りからずいぶんと注目を浴びてしまって。
話かけてくるような方こそいらっしゃいませんでしたが落ち着かないことに変わりはなく、慌てた様子の貴明さんがいらした時には思わず安心の溜息をついてしまったくらいです。
「ゴメン、お待たせ。でも、どうしたの?」
「い、いえ、何か急なご用があった訳ではないのですが、その、近くまで来ていましたので。それで、貴明さんのアルバイトしている場所がどのような所なのか気になってしまって。あ、すぐ戻りますので。申し訳ありませんでした、お時間をいただいてしまって」
「いや、俺の方こそさ、今までどこで何やっているのかイルファさんたちに教えていなかったし、気になるのは当たり前だと思うから。俺だって、イルファさんや珊瑚ちゃんが俺の知らないところで何かやってたりしたら気になるし。だから、俺の方こそゴメン」
イルファさんたちは家族なのに、秘密でこんなことしてて。貴明さんはそう言うと頭を下げてしまいます。
そんな貴明さんに、慌ててしまったのは私の方でした。そう言うつもりで、こちらに足を運んだ訳ではありませんでしたし。
「本当は、きちんと言おうかとも思ったんだけどさ。皆にこんな格好しているところ、見られるのが恥ずかしくて」
そうおっしゃる貴明さんは、それがこちらのゲームセンターの制服なのでしょうか。白のワイシャツとネクタイ、それに黒いズボンをサスペンダーで吊って。
「そう、ですか? 良くお似合いだと思いますよ」
私がそう言うと、貴明さんは照れくさそうに横を向いてしまいました。
「それでは私は戻りますね。ありがとうございました。あまり、ご無理はしないでくださいね」
「あ──うん。ごめん、結局、理由を言わなくて」
「いえ、それはもう貴明さんに約束していただきましたから。あと1週間すれば、きちんと教えてくださると。ですから、貴明さんを信じてお待ちしています。私も、それに瑠璃様も珊瑚様も」
ああ、ですが。
「今までお相手してくださらなかった埋め合わせも、きちんとしていただかなくてはいけませんね。貴明さん、お休みはいっつもこちらに来てしまって、私たちのお付き合いしてくださらないんですから」
「わ、わかった。そっちの方も努力する」
「約束ですよ?」
頷く貴明さんと別れて、私はゲームセンターを後にしました。
貴明さんは私が店の外に出るまで見送ってくださっていて。
次に店の中を振り向いた時、貴明さんは忙しそうに、お店の中を働いていらっしゃいました。
そして、約束の日。
その日は瑠璃様も珊瑚様も、朝から落ち着かないご様子で。もちろん私も、貴明さんが何かをおっしゃるのをそわそわとした気持ちでお待ちしていたのですが。
貴明さんも今日はアルバイトが無いらしく、朝からマンションにいらっしゃって。ですがいくらお待ちしていても、私たちに声を掛けてはくださいません。
ただ、頻繁に時計を見ては時間を気になさるだけ。
ようやく声を掛けてくださったのは、そろそろお待ちするのも限界が(特に瑠璃様が)近づいていた、午前11時過ぎのことでした。
「あの、さ。これから3人とも、何か予定ってある? 無ければ、付き合って欲しいところがあるんだけどさ」
もちろん予定なんてありません。
私たちは頷くと、貴明さんに付いてそのまま外へ。
表はとてもいい天気で、お散歩には絶好の日和でした。貴明さんに案内され歩いていく最中も、それだけで気分が良くなってしまうような。
「貴明さん、これから、どちらへ?」
「うん、もう少しで着くから」
そして到着したのは、1軒の写真館でした。
「ごめんくださーい。お願いしていた河野ですが」
そう言ってお店の自動ドアをくぐる貴明さん。私たちはどうなっているのかさっぱり解らず顔を見合わせます。
この写真館に私たちを連れてくることが、貴明さんが私たちに黙っていた“理由”になるのでしょうか?
ただ、このままドアの前で立っていても仕方が無いと思ったのでしょうか。珊瑚様から順に、お店の中に入って行きました。
「いらっしゃいませ」
中は思ったよりも広く、壁のあちこちに写真や高級そうなカメラがケースに入れられて飾られていました。カウンターの奥がスタジオになっているようで、撮影用の大型カメラや、ホリゾント用の幕が垂らされていたり。かなり本格的なスタジオのようです。
「こちらが? ですがお客さん、うちも商売だから頼まれれば撮りますけどね。苦労しますよ〜、若いうちから2人も3人もこう言うことしちゃ」
お店の方に言われ、苦笑を返す貴明さん。どう言ったお話になっているのかは解りませんが、貴明さんはずいぶんと前からこちらのお店にお話をしていたようです。
「それじゃあイルファさん、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんも。俺はこっちの部屋らしいから。準備ができたら撮影してくれるらしいから」
そう言って貴明さんは、お店の人に案内されて奥のお部屋の方に行ってしまいます。
「では、女性の方はこちらへ」
どうやら、こちらで記念撮影をすることは間違いないようです。瑠璃様も珊瑚様も事情が飲み込めてきたらしく、素直にお店の方に案内されて、貴明さんが入った部屋とは別の部屋入っていきました。
「なんや、貴明もうちらと写真が撮りたいんやったら、最初から素直にそう言えばええのに」
ですがそうおっしゃる瑠璃様のお顔もまんざらではなさそうで。珊瑚様も、そうとわかって大はしゃぎです。
私も、貴明さんがくださったこの贈り物に胸の中が暖かくなって。
案内されて入ったそのお部屋は、まるでお話に聞く楽屋のようなところでした。
三面鏡が並び、その後ろには大きなクローゼットと沢山のお洋服が。
「ではこちらに座ってください」
促されてその鏡の前に座ります。周囲には、これから私たちにメイクをしてくださるのでしょうか、何人もの店員のかたが準備をしていて。
横を向いてみれば、瑠璃様もどこか居心地が悪そう。
「ちょっと大変ですけど、頑張ってください・・・あら?」
きっと、私の耳飾に気が付いたのでしょう。そのお店の方は一瞬考えるような表情をなさいましたが、すぐに笑顔に戻って。
「メイドロボと言ったって女性ですからね。こう言うのを着たって誰も文句は言わないでしょ」
「あの、一体何が?」
「あの男の子がご主人様? 逃がしちゃだめよ〜、ちょっと頼り無さそうだったけど。さあ、はじめましょうか」
一足先に準備の終わった貴明が、スタジオの隅で落ち着かなさそうに3人が出てくるのを待っていた。
そんな貴明の様子を、写真館の店員が苦笑しながら眺めているが、そこに嫌味な物は含まれていない。
と、3人の入って言った部屋の扉が開いた。とたん、バネ仕掛けの人形のように立ち上がる貴明。
中から聞こえてくるのはキャアキャアと賑やかな3人の声。どうやら、誰から先に出るかでもめているらしい。貴明といえば、その扉のところを期待3割緊張7割といった面持ちで眺めていて。
「わ、私からですか?」
「い、いいからイルファ行って。うううちらは後から付いていくから」
「いっちゃん、ファイトや!」
ようやく話がまとまったらしい。中から、イルファの意を決したような雰囲気が伝わってくる。
そして聞こえてくる、絹同士の擦れ合う涼やかな音。
「うわぁ・・・・・・」
部屋の中から出てきたイルファ、瑠璃、珊瑚の姿に、貴明は思わず声を上げる。
貴明だけじゃない。その場にいた店の店員全員が、まるで溜息のような声を漏らした。
「あ、あの、貴明さん」
「たたたたた貴明! 一体これ、なんなの!?」
「えっと、何なのって聞かれても・・・その、ウエディングドレスだけど」
その貴明の言葉に、次の言葉が続かないイルファと瑠璃。
部屋の中で、店の人に着替えさせられたのがこの真っ白のドレスだった。
「あ、でも厳密にはウェディングドレスじゃなくて、ウエディングドレスっぽいただのドレスなんだけど。本物は、本番のその時まで取っておいた方がいいかなと思って。えっと、それに貸衣装だし。流石に買うことまでは出来ないから」
余計なことまで喋ってしまうのは、貴明も緊張しているからだろうか。
貴明自信も慣れないタキシードに着替えて、どこか窮屈そうだ。
「あのさ、前にイルファさん、ここの写真館のショーウィンドーに飾られてるカップルの写真見てたことがあっただろ。ウェディングドレス着ていたやつ。今まで俺たち、記念写真なんて撮ったこと無かったし、いい機会だし、それにどうせ撮るならと思って」
貴明はどんどんしどろもどろになっていく。
やっぱり、何の相談もしないでこういうことを決めたのは拙かっただろうか。そんなことを思いながら。
「で、でも貸衣装って高いんだね。前に金額聞いてみたら驚いちゃってさ。それで慌ててアルバイト始めたんだけど、結局足りなくて店長に前借しちゃったし。そんなんだから、イルファさんたちに何をしているのか言いにくくて、だから秘密にしちゃって」
「貴明」
珊瑚に名前を呼ばれ、慌ててそちらを振り向く貴明。
見れば珊瑚の顔は難しそうに口を結んでしまっていて。
「だから、今までうちらに内緒で、アルバイトしてたん?」
「えっと、そうなんだ。ごめん、内緒にしちゃってて」
「いーや、許してやらへん」
珊瑚のその一言に、貴明の表情が泣きそうになる。
ただ次ぎの瞬間、珊瑚は貴明に向かって大きな笑顔を向けると。
「先に教えてくれてたら、もっと可愛いドレス選んどったのに。だからな貴明、本番のときは一緒にもっと可愛いウエディングドレス選ぼうな」
そう言うと、珊瑚は貴明の首にシルクの手袋をはいた手を回すと、まるで貴明に抱きつくようにキスをする。
「あー! さんちゃんずるいー!!」
大声を上げる瑠璃。店員の間からは感嘆の声が上がった。
たっぷり満足するまで貴明を堪能すると、珊瑚はようやく貴明を解放する。
「じゃあ、次は瑠璃ちゃんの番や〜♪」
珊瑚がそう言うが早いか、今度は貴明の唇を瑠璃が奪い。下ろされた髪と、足元まであるスカートがひるがえる。
店の中は大喝采。気を良くしたカメラマンが、そんな4人の様子を撮影し始めている。
「貴明さん」
「あ、うん」
「ありがとう、ございます。私、メイドロボなのに、こんな・・・・・・一生の、思い出にします」
「違うよ、イルファさん。前も言っただろ、俺はイルファさんのこと、メイドロボだなんて思ったことはないって」
そして、照れくさそうに顔を赤くしながら。
「それにさ、珊瑚ちゃんも言った通り。イルファさんが本物のウエディングドレス着る時は、一緒に選ぼうよ。イルファさんに一番良く似合うやつ」
「はい・・・・・・はい!」
イルファは涙を流せないが、それでもイルファは目の中を涙で一杯にして貴明に抱きついた。
「いっちゃん、貴明も。誓いのちゅー」
珊瑚にそう言われ、顔を赤くして見つめあう貴明とイルファ。
そして二人は誓いのキスをする。
「それではまず一枚。はい、チーズ───
終