クマ吉と一緒にNo2


「よっ、おはよーさん」


 朝、いつもの場所で雄二とタマ姉に合流する。


「お前、最近なんだかご機嫌じゃねえか。なんかあったのか?」


 ご機嫌といわれても、ピンとこない。俺、そんなに浮かれてるように見えるか?


「ん〜、浮かれてるっていうより、なんだか凄く楽しそうだよ。でも、タカくん、このごろちょっとだけ元気がなかったから、安心したかな」


 むっ。元気がなかったって、そっちの方が問題だな。
 そう言われれば、なんだかいろんなことで悩んだり、確かに少し落ち込んでいたかもしれない。


「で、その元気のなかったタカくんがこんなにも楽しそうにしてるのはどうしてかなぁー? 女か? 女だな? 女ができたんだなこの裏切りもブベラっ!」


 あっ、す、すまん。
 いきなり目の前に現れるものだから、ついうっかり殴ってしまった。


「雄二の馬鹿はほおって置くとしても、タカ坊が元気になった理由は私も気になるわね。このあいだ、ちょっとだけ言い過ぎちゃったかもって思っていたし」


 んー、元気になった理由か、心当たりがない訳じゃないけど。
 でもそうなると、あれも女の子のおかげってことになるんだろうか。


「えーっ、タカくん、本当に彼女ができたの!?」


「いや、そうじゃないって。ただ、この間会った女の子のロボットのおかげで、くよくよしていた気持ちが吹き飛んだと言うか」


 ・・・・・・なんだ雄二その「何も言うな、俺には全部わかってるぜ」みたいな顔は。って、手を肩に置くな!


「うんうん、そうか同志よ、お前もとうとうメイドロボの魅力を理解ぐぼわぁっ!!」


 すまん。あまりにうっとうしい笑顔だったものだから、ついうっかり殴ってしまった。


「タカ坊、まさかあなたまで、そんな・・・・・・」


「だから違うって。ロボットはロボットでも、俺が会ったのはクマ! クマのぬいぐるみのロボット!! そのパーソナリティが女性だっただけ。最近の技術は凄くてさ、おもちゃだからって馬鹿にできないね。しぐさの一つ一つが妙に人間くさいヤツでさ、おかげでいい気分転換になったよ」


 はーはー・・・・・・ここまで言えばわかってもらえるだろう。


「なーんだ。せっかくタカ坊にも春が来たのかと思ったのに」


「でもタカくんらしくて可愛いと思うよ」


 まったく、人の事をおもちゃにしてからかって。
 ・・・・・・なんだよ雄二。


「獣相手はどうかと思うぞ」


 とりあえずもう一発殴っておいた。




 昼休み、俺は首尾よく手に入れることのできたサンドイッチとコーヒー牛乳を持って屋上へと階段を上がっていく。
 雄二のやつも誘ったのだが「俺は、乳酸菌を取らなきゃならないんだ」とか訳のわからないことを言ってどこかへ行ってしまった。今更健康志向ってわけでもないだろうに。
 他の奴らはまだ売店にでもいるのか、屋上へ行こうとしている人間は周囲に俺一人。
 いや、目の前に、見覚えのある後姿が“ひとつ”。
 クマのぬいぐるみ型ロボットのクマ吉が、階段を一生懸命に上ろうとしていた。
 クマ吉も頑張って階段を上ろうとしているんだろうけど、いかんせん身長が足りてない。一段上るのにも、足をバタつかせて必死な様子だ。


「よ、クマ吉。こんなところで何してるんだ?」


 もうちょっと眺めていても良かったんだけど、あんまり一生懸命にやっているものだから、ついつい声をかけてしまった。
 クマ吉の方はよほど必死だったんだろう。声をかけるまで俺のことに気付いてなかったみたいで、バツが悪そうにしゃがみ込んでしまった。
 やっぱり人間くさいやつだなぁ。


「お前、屋上にでも行きたかったのか?」


 その場にうずくまったままのクマ吉を持ち上げてそう聞いてみると、クマ吉はどうも、俺の手に持っているサンドイッチが気になる様子だ。


「なんだ、お前、ロボットのくせにサンドイッチが食べたいのか」


 ブンブンと首を振って否定するクマ吉。


「え、違うって? なに、俺が? 屋上で? ああ、うん、そう。天気もいいし、これから屋上に行って昼飯にしようかって。どうだ、クマ吉も一緒に食べるか?」


 今度は縦に首を振るクマ吉。
 俺の手をふりほどくと、腕の上を走っていって頭の上に座り込んでしまった。


「お、おいおい」


 どうにかして頭の上から下ろそうとするけど、クマ吉のやつ、よほど俺の頭の上が気に入ったのかテコでも動こうとしない。
 まあ、いいか、運ぶ手間が省けるし。ちょっと、頭が重たいけど。


「ところでお前、なんであんなところにいたんだ? 屋上に何か用でもあったのか?」


 さっき気になったことをもう一度聞いてみるけど、クマ吉はなぜか答えようとしてくれない。なんとなく、クマ吉のやつ照れてる様な気がするんだけど、なんでだ?


「でも駄目だろ」


 何で? といった風に俺の頭の上で首をかしげるクマ吉。


「勝手に校舎の中をうろついたりして。またあの女の子に怒られたって知らないんだからな。それでなくてもお前はおもちゃみたいなんだから、誰かに拾われて持っていかれても仕方がないぞ」


 俺は純粋にクマ吉のことを心配して言ってやったのに、クマ吉にはいたくお気に召さなかったようだ。頭の上で暴れたり、髪の毛を引っ張ったりと体を使って抗議を始める。


「いてっ、やめ、やめろって、危ないから、いて、やめろって、あ───


 タダでさえ階段の不安定な足元にもってきて、頭の上でクマ吉が大暴れするものだから、気が付いた時には階段を踏み外して視線が斜めに傾いてしまっていた。
 や、やばっ──
 クマ吉も突然の出来事に体が動いていない。俺の頭にしがみついたまま硬直して、このままじゃ床に叩きつけられてしまう!
 とっさに腕を頭の上に伸ばすと、どうしていいかわかってないクマ吉を抱きかかえて


「っつうーっ・・・・・・」


 ドタン ドスンと音を立てて、階段を滑り落ちる。
 それでもなんとか、クマ吉を抱く腕を放さずにすんだ。
 そのことだけを確認して目を開くと、目の前一杯に広がるクマ吉の顔。あんまり慌てて抱きしめたものだから、クマ吉に顔面をヘッドバッドされるような形になってしまったようだ。鼻が痛いけど、まあこれくらいならいいか。


「クマ吉、大丈夫か?」


 とりあえずパッと見、クマ吉に壊れたようなところはどこにもない。それでもロボット。精密機械の塊だろうし、念のために聞いてみたんだけど。


「クマ吉?」


 クマ吉はなかなか動き出そうとしない。まさか壊してしまったのか!? と心配していると、ようやく、のろのろと手足が動き出した。
 ああ、多分これは、ブレーカーが落ちたんだな。想定外のショックを受けた時、搭載されたAIに被害が及ばないように強制的に電源がoffになったんだ。
 案の定、すぐにクマ吉は行きよい良く動き始めた。いや、ちょっと動きが激しすぎるかもしれない。
 おれの腕の中から逃げ出すと、今度は腹の上で暴れだして、と思ったら急に立ちすくんで見たり、とにかく落ち着きがない。
 やっぱり壊れちゃったんだろうかと最初は思ってみていたんだけど、もしかして、これ、人間が混乱して、慌ててるときの様子にそっくりだ。
 とうとう俺の腹の上からも飛び出すと、一目散に階段の下まで駆けていってしまった。途中、一度だけ振り向いてお辞儀をしたのがあいつらしい。たぶん、助けてくれたことへのお礼のつもりなんだろ。


「お、おい!?」


 慌てて呼び止めるけど、その時にはもうクマ吉の姿はどこにもなかった。
 と、口を開こうとするとなぜか唇に痛みが走る。クマ吉にヘッドバッドされた時、鼻だけじゃなくて唇もぶつけていたらしい。
 よろよろと俺は、倒れていた体を起こす。


「あ、サンドイッチぺしゃんこになってる・・・・・・」





「河野君、頭に何かついてるよ?」


 放課後、帰ろうとカバンにノートを詰めていた俺に、委員長が声をかけてきた。
 なんだろうと思って頭に手をやってみると、なんだかフサフサした感触の物が。


「なんだ、これ?」


 茶色い、毛玉のような物体。埃の固まりにしては大きすぎるし。


「河野君、どうしたの、それ?」


 どうしたのと聞かれても、それは俺のほうが聞いてみたい。


「ぬいぐるみの、どこかの部品みたいだけど」


 ぬいぐるみと聞いてピンと来た。これ、多分クマ吉の尻尾だ。さっき転んだ時に、取れちゃったに違いない。
 尻尾がなくなってることがわかったら、クマ吉のやつきっと大慌てしていることだろう。
 委員長にお礼を言うと、どうせ暇だし、クマ吉のところまでこの尻尾を届けてやることにした。
 確か・・・・・・コンピューター室って言ってたっけ。


「失礼します・・・・・・」


 おそるおそるといった風に、コンピューター室の扉をくぐる。
 いや、別に悪いことをしてるわけじゃないけど、普段馴染みのない教室と言うのは、入るのにも少し気後れを感じてしまう。


「誰や? さんちゃんならおらんで」


 シンとした教室から、女の子の声がする。
 あ、この間、クマ吉を抱いて行った子だ。


「えっと、この間クマ吉にお世話になった者だけど、クマき──みっちゃん、いる?」


 そういえばクマ吉、本名はみっちゃん、って言うんだっけ? いつの間にか俺の中ではクマ吉で定着してしまってるけど、本当はクマ吉だって女の子なんだから、クマ吉はおかしいんだよな。
 女の子は俺に向かって怪訝そうな視線を返している・・・・・・なんだかこの女の子、この間とは雰囲気が違うような気が。


「みっちゃん?」


「そ、そう。クマのロボットで、友達の」


 女の子の表情が、更に険しい物になる。
 え、俺なんか変なこと言ったか? 友達って、この子自身が言ってたんだよな。
 そろそろ女の子の視線に俺が耐え切れなくなってきたころ、女の子のいる机の上から何かがピョンと飛び出して、教室の奥に走っていくのが見えた。
 あ、あれは、クマ吉!?


「お、おい、どこ行くんだよ」


 クマ吉を追って教室の隅まで走っていく。クマ吉はバケツに頭から突っ込んで必死に隠れようとしている。どうも俺と顔を会わせるのが恥ずかしいらしい。
 まったく、階段のことなんか全然気にしてないのに。多分、俺にかばってもらった物だから会わせる顔がないってところなんだろう。
 見れば、やっぱりクマ吉のお尻からは尻尾がなくなっている。


「あんた、なにやっとんの」


 まじまじとクマ吉のことを観察していると、後ろから女の子に声をかけられた。
 なにって、えっと、いや、それは、その


「クマ吉の、尻尾を届けに・・・・・・」


 そう言って、ポケットの中からさっきの毛玉を取る。


「そうやなくて、あんた、ぬいぐるみの尻見て何しとんのかって聞いとんのや」


 その言葉に、顔が一気に熱くなる。
 いや、別に俺はクマ吉のお尻を眺めていたんじゃなくて、尻尾がちゃんとあるかどうか確認するためにクマ吉を観察していたわけで、結局お尻を見てたのには変わりないじゃんとかそんなやましい気持ちでは決してなくて、そもそもぬいぐるみのお尻に興奮するほど俺は人生に絶望しては。


「って、あ、痛っー!?」


 尻尾を持つ手を、クマ吉にひっかかれた。その隙にクマ吉は、自分の尻尾を取り返すと俺のことを睨んでくる。
 ・・・・・・う、うぅっ、居心地が悪い。


「いや、だからな、俺は変なつもりでお前のことを見てたんじゃなくてだな」


 ビーズの目が俺を睨みつけてくる。ビーズの癖に、その迫力はタマ姉並みだ。


「・・・・・・ご、ごめん。ちょっと、調子に乗りすぎたかもしれない」


 結局最後にはその迫力に呑まれて頭を下げてしまう。
 俺、クマ吉には謝ってばかりだな。
 そんな俺の様子に満足したのか、クマ吉は大きく頷くと尻尾を女の子に渡した。身振り手振をして伝えようとしていることはと言うと、どうも女の子に取れた尻尾を直して欲しいということらしい。
 女の子は溜息を一つつくと、カバンの中からソーイングセットを取り出してクマ吉の修理にかかる。
 俺はといえば、その修理の様子をじっと眺めていて、またクマ吉に睨まれた。


「ご、ごめん!!」


 どうも尻尾の修理と言うのは、見られていて恥ずかしい物らしい。それが人間の女の子にすれば何に当たるのかはわからないけれど、なんにせよ、乙女心は複雑だ。
 後ろを振り向いてクマ吉の尻尾が直るのを待つ。
 ちょっと見ただけだけど、女の子の針さばきは中々の物で、これならすぐに修理も終わるだろう。
 この間あった時の印象だと、もうちょっとトロっとした雰囲気で、こういった細かい針仕事なんかは苦手っぽかったけど。人は見かけによらない物だなぁ。


「あんた、アホとちゃうの」


「えっ?」


 そんな風に感心したりしていると、女の子が突然、溜息をつくように口を開いてきた。


「だってそうやろ? こんなおもちゃ相手に、まるで人間相手みたいに謝ったり慌てたりして。傍から見てたらホンマにアホみたいに見えるで」


 うーん、いや、まあ確かにぬいぐるみ相手にこんな本気になって反応してるなんて、おかしなことなんだろうけど。


「そりゃやっぱり、クマ吉と一緒にいられると楽しいからじゃないかな」


「楽しい?」


 女の子は俺に聞き返してくるけど、針を動かす指を止めてる様子はない。


「うん、そう、楽しい。そいつ、嬉しいことされれば喜ぶし、いやなことされれば怒り出すし、そんなの当たり前なことなんだけど、でもクマ吉、そんな当たり前なことまでいちいち一生懸命で、一緒にいるだけでこっちまで楽しくなってくる」


「そんなん、ロボットなんだから当然やん。そう言う風にプログラムされてんやもん」


「んー、確かにプログラムなのかもしれないけど、それでも俺がクマ吉と一緒にいられて楽しい、って気持ちになることまでプログラムされてるわけじゃないし。それにさ、ただプログラム通りに動くだけの機械だったら、俺が元気になることもなかっただろうし」


 女の子の手は止まらない。
 朝、雄二たちに聞かれた時。多分俺は、きっとこう答えたかったんだと思う。


「この間キミに会った時さ、俺、本当はちょっとだけ落ち込んでたんだ。でもクマ吉に会って、そいつの一生懸命を分けてもらえたおかげで、こうやって元気を出すことができた。クマ吉が本当にプログラムだけのロボットだったら、そんなことできなかったと思う。だからきっと、クマ吉には心があるんだと思うんだ。だから楽しいし、ちゃんとした心のある人間と同じように、俺はクマ吉と接してるんだと思う」


「ふーん・・・・・・できたで」


 ようやくクマ吉を修理する女の子の手が止まった。
 俺が振り向くとクマ吉は、女の子の手から飛び出して俺の体をよじ登っていく。


「お、おい」


 よほど俺の頭の上が気に入ったのか、一番上まで上るとそこに座り込んでしまった。
 あ、こいつ、俺がこいつのこと褒めたもんだから照れてるな。





 その後、30分くらいクマ吉の相手をして遊んでいたんだけど。女の子が帰るというのでコンピューター室を閉めることになった。
 どうやら女の子は誰かのことを待っていたらしいんだけど、とうとう待ちきれなくなって直接迎えに行くことにしたらしい。
 曰く「またどっかで寝てるかもしれん」とのことだ。なにやらこの子はこの子で大変そうだ。
 クマ吉は名残惜しそうに自分の家──隣の準備室(見せては貰えなかった。女の子の部屋を覗くなんてヘンタイのすることだそうだ)に帰っていった。
 夕日を浴びるクマ吉の顔は寂しそうだったけど、また来るからというと、嬉しそうにして手を振ってくれた。
 コンピューター室の鍵を女の子が閉めて、そこで女の子とも別れる。
 また来てもいいかと聞くと「好きにしたらええ」っていう答えが返ってきた。それじゃお言葉に甘えさせてもらって、またクマ吉に会いに来てみようと思う。
 夕暮れ時の校舎を、一人で家に帰る。
 明日も晴れそうだ。




   終



このSSは、以前ToHeart2SS専用スレに投稿した物に、加筆修正を加えた物です。